ALS(筋萎縮性側索硬化症)では、筋肉の伸び縮みをコントローする神経細胞「運動ニューロン」の形や機能が徐々に失われ、やがては全身の筋肉が衰えて身体を動かすことができなくなってしまいます。
運動ニューロンは、背骨の中を通っている脊髄(せきずい)という組織に、DNAを含んだ細胞体があり、そこから細長い軸索(じくさく)というケーブルを伸ばして、筋肉まで到達しなくてはなりません。このような要請から、運動ニューロンは大きい細胞である、という特徴があります。また、運動ニューロンの中でも、大きいものほど、大きい筋肉の伸び縮みをコントロールしていて、その分、消費するエネルギーも多いのです。
では一体、運動ニューロンはどのようにして、活動に必要なエネルギーを賄っているのでしょうか?

細胞のエネルギー産生で中心的な役割を果たしているのが、ミトコンドリアという膜で囲まれた小さい器官です。ミトコンドリアの中には、折り畳まれた膜で隔てられた区画がさらにあり、その隔てられた区画の両側には電位差があり、この電位差のエネルギーを利用して、エネルギーの通貨とよばれるATP(アデノシン3リン酸)を合成しています。いわば、ミトコンドリアは“細胞のバッテリー”といえるでしょう。エネルギーの消費量が多い運動ニューロンでは、このミトコンドリアの役割がひときわ重要になります。
運動ニューロンで、ミトコンドリアが活発に活動していることと、ALSで運動ニューロンが形や機能を失いやすいことと、関連があるのでしょうか?
おそらく、あるだろうと予想させる研究成果が相次いています。最近の研究で、TDP-43が異常な塊を形成することと、ミトコンドリアの活動との関連性が指摘されています。ミトコンドリアが活発に活動すると、活性酸素(Reactive oxygen species, ROS)を放出します。ROSの濃度が上昇すると細胞はストレス状態におかれますが、このような酸化ストレスの状況下では、TDP-43分子のRNAに結合する領域が変化してRNAと結合しにくくなり、結果として塊を作りやすくなるという報告があります。一方で、TDP-43が液滴の性質を発揮するのに重要な役割を果たす天然変性領域は、酸化によって液滴を形成しにくくなる、という報告もあります。酸化ストレス下で、TDP-43分子が全体としてどのように振る舞うのか?この問題は、完全に解明されていない重要な研究課題です。
エネルギー産生における役割の他に、ミトコンドリアは、細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)の貯蔵庫である小胞体と結合して、細胞質のCa2+濃度の調節をしています。前の章で述べましたが、細胞質のCa2+濃度が上昇すると、カルパインという酵素によってTDP-43が切断され、塊を形成しやすくなります。
このように、ミトコンドリアが正常に働くことは、ROSの産生と細胞質Ca++濃度の調節、という少なくとも2つの点で、TDP-43の振る舞いに影響を与えていることがわかっています。
さらに、最近の研究では、健康な細胞と、ALSにおいて損傷を受けた細胞の両方において、ミトコンドリアの内部にTDP-43が検出されることが報告されました。これらの結果は、TDP-43がミトコンドリアによって制御されるだけでなく、実は、TDP-43がミトコンドリアを制御している可能性を示しています。
TDP-43のミトコンドリアにおける機能の解明は、運動ニューロンがなぜALSで機能を失うか?という問題にせまる大きな鍵を握っているかもしれません。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(15)へ続く
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