サイエンスほど暑くはない

Not as hot as science, Kazu.

日本語に訳せば、「サイエンスほどは暑くはない」でしょうか。

これは、三年前の夏、海外の著名研究者S先生がセミナー前に、サラリと放ったフレーズ。「S先生、この部屋は暑いでしょうか?」、という私の言葉に対して。間髪を入れずに。このCoolさで、暑い夏を乗り切れる!と感じました。

S先生の様に50代にも、このような言葉を自然に口にできるような、今日の取り組みとは?

ようやく始まった夏に考えています。今年の夏は、今までで一番、サイエンスほど暑くはないですね。

レポートの返信で

「若い科学者のみなさん、ALSを研究テーマに選んでくれてありがとう」

毎年12月に開催される国際ALSシンポジウムの開会式では、臨床医師と基礎研究者が一つの会場に集まって共通セッションがもたれます。2018年12月、スコットランド、グラスゴーで開催された第29回国際ALSシンポジウムの開会のセッションで、英国アン王女がスピーチの冒頭で、会場にむけてかけられたお言葉。ALSには、いまだ良く効く薬や、治療法がないが、その実現に絶対に必要なのが、ALSに挑む層の厚い研究者です。

昨今の新型コロナウイルスの問題でも、徐々に、そして克明に明らかになってきているのが、問題を根本的に解決できるのは、どうやら研究者しかいないこと。そして、研究者が絶対的に必要とされる局面というのは、危機的ということ。良くトレーニングされた層の厚い研究者を、常に一定数、国内に維持することの重要性が、日本にはそれがほぼ失われつつある(あるいは、失われていた?)事実と同時に、白昼に晒されています。数十年という長期的視点で、経験と体力のバランスがとれた強力な研究者集団を再構築していかなくてはなりません。今、日本国内でワクチンや治療薬の開発に取り組んでいる研究者は、勇者です。

アン王女のお言葉が、年齢的に私に向けられたものかはわかりませんが、その場にいた私の心は深く揺さぶられました。うまく言葉にできませんが、研究をしていて、こういった気持ちになることはめずらしい。

先々週の講義のレポートが学生さんから届きました。その中に、大学院の研究テーマとしてALSを研究している学生さんがいましたので、レポートの返信には、アン王女のお言葉を引用して、感謝を添えました。

「ALSを研究テーマに選んでくれてありがとう」

オンラインユーモア

先週は、静岡<ー>東京を結んで、オンライン講義をしました。学生さんは、もう何度かオンライン講義を受けているようでしたが、私は初めてでした。対面ですと、ユーモアがヒットしたか、それとも、失笑か、すぐにわかりますが、オンラインでは感触はつかめないのが難しい。それ以外は、滞りなくすみました。全体的に、オンラインで十分ではないか、という感覚さえ覚えました。

講義も学会も、一気にオンライン化されています。

昨今のオンライン化の流れを受け、海外の学会に参加するのが、急に昔のスタイルのようにも思えてきます。振り返ると今年発表したALSの論文は、5年前、海外の学会に参加して、海外研究者と直接話したことに大きく影響を受けています。

学会会場の外でたたずんでいた大物C先生に話しかけると、「この分野は、考え方が偏っていて、自由に仮説を提唱できる雰囲気があんまりないよね。もうALSの研究は多分やめるよ。」とボヤいておられた。その後、C先生はALSの研究をやめていませんが、当時なんとなく感じていた分野特有のドクマのキツさというか窮屈さが、あながち外れていなかったのだ、と少し勇気づけられました。私だけではないんだ、と。

また別の学会では、S先生に、「ちょっとキツい言い方になるけど、そのアプローチはあんまり意味はないわね。」と言われて、傷つきつつも、発奮したのを思い出します。今でも忘れていませんよ(感謝)。

こういった対面の出会いによる強い動機付けがなければ、論文は良い方向にいかなかったと思います。このような対面の機会は、今後はなかなか起こることがないでしょう。

悲観はしませんが、今後は良くも悪くもオンラインでの講義や学会が主体になるので、また別の形の出会いや、それによる動機付けがあるに違いありません。オンラインでは、地理的な壁がなくなるので、これまでよりももっと出会いが増えるはず。講義でも、学会でも積極的にいろいろな人に触れるのが肝要。この点は、昔もこれからも変わらない。

オンライン講義で、学生を強く動機付ける力と、、ユーモアの技法というのを編み出したいですね。

個の力、組織の力

サッカーW杯の前後には、代表を強くするには個が大事か、組織が大事か、という議論がおきます。最終的に、個と組織の両方が鍛えられるなら、どちらが大切かという議論はあまり重要ではなく、両方大切にちがいありません。

一方で、手持ちのリソースが限られている場合、最終的に組織としてのネットワークを機能させる為には、個を強くすることが先決か、それとも組織的連携を強化することが先決か、というマネージメントが重要になるでしょう。真新しい問題ではないと思いますが、ひょっとしたら、自分のALS研究もこういう問題の周辺にいるのかな、と昨日ふと考えはじめました。

いったん途絶えてしまった細胞ネットワークを回復させる為には、限られたエネルギーを、個々の細胞の成長と、細胞間の連結に、どのような配分、あるいは順番で振り分けるのが最適か。特に、細胞を成長させるシグナルが、細胞ネットワークを不安定化させてしまうような場合には、どうしたら個々の細胞を成長させながら、ネットワークを回復させることができるのでしょうか。ALSにおいて、個々の運動ニューロンが萎縮して、運動回路が寸断された場合に、回路機能を回復させる効果的な手立ては見つかっていません。スタープレーヤーを集めても、チームとしては弱い、ということはありますね。

エネルギーや予算の絶対量を豊富にすることで、あとは細胞や選手達に任せるという考え方もあるかもしれません。それが簡単にできれば、すぐに運動回路も代表も強くなるんでしょうけれど。。

ひまわりとニューロン

ALSでは、神経細胞(ニューロン)の変性が、遺伝情報を含むDNAが収められている細胞体(さいぼうたい)から始まるのか?それとも、筋肉と接する軸索(じくさく)の先端から始まるのか?という議論があり、決着がついていません。ニューロンが変性し始める時期は、まだ患者さんが自覚できる症状はないので、今は、なかなか調べるのが難しいのです。

お世話になっている先生が、この問題を突き詰めて考えているときに、ある日、ひまわりをご覧になって、ひまわりが花から枯れるのか、根っこから枯れるのかを、じいーっと観察し続けたと言います。

昨日は、そんなエピソードを思い出しながら、絵を描いてみました。例えば、人間の脳の一次運動野という、運動を指令する領域には、ベッツ細胞(Betz cell)というとても大きな細胞があります。どのくらい大きいかというと、細胞体の直径が100ミクロンにも達するものがあり、直径20ミクロンの軸索を、脳から脊髄の腰レベルにまで伸ばしています。成人で、およそ1メートルになるでしょうか。この長く太い軸索は、筋肉を収縮させる運動ニューロンと接続しています。ベッツ細胞を、直径3センチのひまわりに例えるなら、軸索の長さは、なんと1.5キロにも達するのです!

このような細長い、大きな細胞を、一生にわたって維持するのは大変なことだと感じます。運動の度に、神経活動を繰り返し、消費したエネルギーを過不足なく補充しなくてはなりません。ALSでは、ベッツ細胞が変性しますが、それが何時、どのように始まるのか、謎です。

花から枯れるのか、根っこから枯れるのか。

ひまわりでは、この問題が解明されているのでしょうか、先生?

Perspective/ 研究の見通し

光遺伝学ALSモデルの論文発表のあと、依頼があったPerspectiveの寄稿のリバイスが終わりそうです。研究の将来について考える良い機会となりました。レビューアーの一人からのコメントがとても勉強になりました。これからは、多角的、特に、生物物理学的なアプローチが大切です。今回は、鉄壁のレビューアー#2ではなく、仏(ほとけ)のレビューアー#2ですね。

写真は、表紙用の作品を作っている様子。細胞の中がうまく表現できるといいのですが。それと。。採用されるといいのですが。