細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(13)

(12)からの続き


前回は、神経細胞が活動しすぎると、TDP-43を作るためのRNA配列が変化して、塊になりやすい小さいTDP-43が作られることを、紹介しました。

ALSでは、過剰な神経細胞の活動が原因で、運動ニューロンの形や機能が失われていく、という考えは、古くから提唱されています。ALS治療薬の一つであるリルゾールは、過剰な神経活動を抑える効果があるとされています。

では、神経細胞の活動が過剰になって運動ニューロンが損傷する過程に、TDP-43は関わっているのでしょうか?

この問題を考える前に、まず、神経細胞が過剰に活動するということは、どういうことなのか見てみましょう。

神経細胞は、他の神経細胞と接続して、情報(神経シグナル)を伝達する細胞です。神経シグナルの本体は、細胞の中にある電荷(プラス・マイナスの差し引き、電位)の変化です。一つ前の神経細胞から神経伝達物質(しんけいでんたつぶっしつ)という化学物質が放出され、その受け手となる神経細胞の細胞表面に到達すると、神経細胞の中にプラスイオンが、一気に流入します。このような細胞の電気的な変化が、神経軸索(しんけいじくさく)という細い長いケーブルを伝わって、細胞の反対側の端に到達し、今度は、次の神経細胞(あるいは、筋肉などの臓器)に向かって、神経伝達物質が放出されます。こうして、神経シグナルは、細胞から細胞へと伝わっていきます。神経細胞が過剰に活動するとは、このような電気的な変化が、通常では起らないような頻度で、何度も繰り返されるということです。

神経細胞に流入して電気的な変化を引き起こす陽イオンは、主に、ナトリウムイオンです。一方で、ALSでは、カルシウム(Ca2+)イオンの流入量が、通常より多くなっていると、報告されています。

このCa2+イオンの流入量の増加が見過ごせないのは、細胞質にCa2+イオンに結合すると、TDP-43を切断するタンパク質(カルパイン)が存在するからです。マウスの運動ニューロンでは、カルパインに切断されてできるTDP-43の断片は、塊を作り易いことが示されています。また、カルパインに切断されたと思われるTDP−43断片は、ALS患者さんの脳や脊髄で検出されます。

つまり、なんらかの原因で運動ニューロンが過剰に活動するようになると、流入によって細胞質のCa2+イオン濃度が上昇し、TDP-43が切断されて塊を形成しやすくなる可能性があります。ALSでは、活動が強い、大きい運動ニューロンほど損傷しやすいので、過剰な神経活動によるTDP-43の切断が、運動ニューロンの損傷の原因、あるいは、損傷を加速させる因子となっているのかもしれません。

前回の話と合わせると、運動ニューロンの活動が過剰になると、1)塊を作りやすい小さなTDP-43が作られる、2)カルパインにより切断されて、塊を作りやすいTDP-43断片が作られる、という少なくとも二つの現象が起こることがわかります。これらの現象は、いずれも運動ニューロンに損傷を与える可能性があります。

これまでにみてきたように、運動ニューロンの中には、非常に強い神経活動によって大きな身体の動きを生み出すものがあり、そのような細胞では特に大きな電気的変化が起こります。このような激しい電気的な変化の中で、細胞の電位をコントロールするためには、とても大きいエネルギーが必要とされます。

次に、細胞内のCa2+イオンの濃度の調節や、エネルギーの供給に必須な、“細胞のバッテリー”とも呼ばれる、ミトコンドリアという膜で囲まれた小さい器官と、TDP-43の関係を見ていきたいと思います。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(14)へ続く


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(13)」への2件のフィードバック

コメントを残す