これまでは、RNAやDNAに結合する性質を持ったTDP-43が液滴や顆粒状の塊として、細胞の様々な場所で働いていることを見てきました。健康な細胞にあるTDP-43の塊と、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で変性した運動ニューロンに溜まる塊は、どのように違うのでしょうか?
ALSの運動ニューロンで蓄積するTDP-43の異常な塊は、その形の特徴から大きく分けて2つに分類できます。丸型(英語では、rounded)と、かせ型(skein-like)です。かせ型とは、巻き取られた糸の束のような形のことです。このように、少なくとも2種類の塊があるということは、異常な塊のでき方も2通りあると考えられています。

ALSの5~10%は、病気の原因となる遺伝子変異を一つに絞ることができます。このような原因遺伝子には、RNAの機能に関連するものと、細胞の中の骨組み(細胞骨格、さいぼうこっかく)に関係するもの、などがあります。培養細胞をつかった実験では、RNAの機能に関連するALSの原因遺伝子を操作すると丸型のTDP-43の塊ができやすく、細胞骨格に関連する原因遺伝子を操作すると、かせ型の塊ができやすい、という研究成果も報告されています。
また、ある種のストレス下の細胞では、TDP-43分子の中央部にあるRNAに結合する領域にアセチル基という“タグ分子”が付加されることが知られています。このようなアセチル基が付加されたTDP-43をALSの運動ニューロンで検出してみると、なんと、かせ型の塊が染まることが報告されています。このことは、運動ニューロンが周囲からうけるストレスの種類が、TDP-43の塊の種類を決めている可能性を示しています。
ALSや一部の認知症で蓄積するTDP-43の塊は、少しずつ異なった形をもっていて、病気の進行度などが、塊の形のよって異なっていることが知られています。このような塊を抽出して、培養細胞に加えると、その細胞には、それぞれの形を受けついだ塊ができることが知られています。このように、塊の性質が細胞と細胞をまたいで受け継がれることから、TDP-43が、タンパク質から成る感染性因子「プリオン」としての性質を持っている可能性が考えられます。このようなプリオンのような性質を利用してTDP-43が運動ニューロンと運動ニューロンの間を伝わっていくとすると、運動ニューロンだけが変性する、というALSの特性が説明できるのではないか、と予想されています。
さらに、最近では、細胞と細胞が小さな小胞(微細小胞)を介して、物質のやりとりをしていることが明らかにされています。プリオンのような性質ではなく、微細小胞を介してTDP-43が運動ニューロン間に伝搬されている、という考えも提唱されています。
これまで紹介してきたように、一口にTDP-43の塊といっても、健康な細胞で作られるもの、異常な細胞で作られるもの、さらにそのそれぞれにおいて、異なる性質をもった塊が複数種類あります。
このようなTDP-43の塊を理解することができれば、 ALSで運動ニューロンだけが変性しやすいという現象の理解にたどり着くことができるのでしょうか?
次に章からは、TDP-43に着目することで、運動ニューロンだけが変性するというALSの大きな謎を解けるのか、否か、という点を議論していきたいと思います。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(12)へ続く
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