筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞「運動ニューロン」の形や機能が失われてしまう難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、運動ニューロンにTDP-43とよばれるDNAやRNAに結合するタンパク質の塊が蓄積することが知られています。
実は、TDP-43は、運動ニューロンでだけはなくて、人間の体をつくるほとんどの細胞で働いていて、様々な機能を発揮しています。
例えば、筋肉の細胞(筋細胞)で、TDP-43の量が少なくなると、加齢に伴う筋力の低下が加速することが、マウスや昆虫を使った研究から明らかになっています。また、ゼブラフィッシュという熱帯魚を使った研究では、TDP-43の量が少なくなると、筋細胞の形や機能が徐々に失われてしまうことが報告されています。

では、筋細胞ではTDP-43はどのような働きを担っているのでしょうか。
筋細胞から作られた培養細胞でも、他の細胞種と同じように、TDP-43は、遺伝情報が収納された細胞核に豊富にあります。これに加えて、細胞核の外(細胞質)では、50~250ナノメートルの水に溶けにくい繊維(アミロイド)を形成していることが近年発見されました。
このアミロイド状のTDP-43繊維は、Myo-granuleと呼ばれています(ここでは、筋顆粒、きんかりゅう、と呼びます)。この筋顆粒は、筋肉の伸び縮みのもとになる“バネ”の性質をもったタンパク質をつくるためのRNAを含んでいて、筋細胞が作られるときや、損傷から再生される時には、なくてはならない役割を担っています。
この筋細胞の再生における振る舞いに似ていますが、TDP-43は、筋肉と接続するために必要な運動ニューロンのケーブル(神経軸索)が切断されると、一過的に運動ニューロンの細胞質におけるTDP-43の量を増やして顆粒を形成することが知られています。
このような研究から、細胞質でTDP-43の塊が形成されるという現象は、ALSのような異常な状況においてだけでなく、健康な筋細胞が、様々な細胞内外の環境変化に対処する過程でもおこることが明らかにされてきています。TDP-43の塊は、細胞の種類によって、さらには、同じ細胞種でも老化の度合いによって、有益であったり、反対に有害であるのではないか、と考えられています。
最後に、正常な筋細胞でTDP-43が溶けにくい塊(アミロイド状の繊維)を形成しているという発見は、運動ニューロンに溜まる異常なTDP-43の塊の源を突き止める上で、頭の片隅に置いておかなくてはならないものです。TDP-43分子の中にある決まった形をとらない領域(天然変性領域)は、細胞と細胞の間を移動できる(伝搬する)性質をもったプリオンというタンパク質に似ていることが知られています。ALSの運動ニューロンに溜まるTDP-43の異常な塊の源が、実は、運動ニューロン自身ではなく、筋細胞から伝搬したTDP-43のアミロイドに由来するのか、という可能性は今のところ推測の域を全く出ませんが、将来、検証の必要はあるかもしれません。
次は、運動ニューロンに溜まる異常なTDP-43の塊の性質について、紹介したいと思います。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(11)へ続く
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