細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(12)

(11)からの続き

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の9割以上を占める、遺伝しないタイプのALS(孤発性ALS)では、形や機能が失われつつある運動ニューロンに溜まる物質の塊が、TDP-43タンパク質を主な成分として含んでいることが、今から15年前に発見されました。

一方で、ALSでは、運動ニューロン以外の脳の神経細胞でも、TDP-43の塊が検出されることがある、とその後報告されています。つまり、ALSでは、運動ニューロンだけでなく、他の神経細胞においてもTDP-43の変化が起こっているのです。

確かに、「形や機能が失われつつある運動ニューロンにTDP-43の塊が溜まる」と聞けば、TDP-43の塊が原因となって、運動ニューロンが障害をうける、という可能性が考えられます。しかし、ALSで比較的障害を受けにくいとされている脳の領域にも、TDP-43の塊が溜まっているのなら、TDP-43の塊が、本当に運動ニューロンに障害を与えているか?という疑問も湧いてきます。

この問題は、いまだ決着がついていない重要な問題です。マウスなどのモデル動物をつかった研究でも、TDP-43を実験的に操作して運動ニューロンが障害を受ける時に、必ずしも、TDP-43の塊が検出されない、という例がいくつか報告されています。

これらの研究成果を総合すると、どうやら、多くのALSでは、TDP-43に変化を与えるような“何らかの異変”が脳や脊髄の多様な細胞で起こっていると予想できます。また、運動ニューロンは、そのような“異変”に対して、相対的にダメージを受けやすい(脆弱、ぜいじゃく、な)個性を持っている可能性が考えられます。このような個性は、神経細胞のALS脆弱性と呼ばれています。

ALS脆弱性をもたらす運動ニューロンの個性について、その実態は未だ明らかではありませんが、候補となるものを、何回かに分けていくつか紹介したいと思います。

まず、運動ニューロンの大きな個性の一つは、大きい細胞サイズ、です。運動ニューロンの最も重要な役割は、脳から送られてきた電気信号を、遠くはなれた筋肉に伝達して、筋肉の伸び縮みをコントロールすることです。だから、細胞が細長くて、体積も大きいのです。

電気信号を正確に送るために、脳からの電気信号がきていない時は、運動ニューロンの細胞膜の電位を一定に保つ必要があります。脳からの電気信号を受け取って、それを筋肉に伝達するために細胞膜の電位を大きく、速く変化させた後は、またすぐに元の電位に戻さなくてはなりません。このような、膜電位の維持には、膨大なエネルギーが必要とされます。

運動ニューロンのサイズが大きければ大きいほど、細胞の表面積が増え、膜電位の維持に必要とされるエネルギーは、膨れ上がります。また、大きい運動ニューロンは、大きい筋肉をコントロールして、身体の大きな動きを生み出していることが知られています。このような大きい運動ニューロンは、運動ニューロンを抑制する働きをもったニューロンとの接続が少なく、爆発的な神経活動を生み出しやすいことが知られています。ALSでは、大きい運動ニューロンほど障害を受けやすい、という事実と関係するかもしれません。

最新の研究で、強く活動している神経細胞では、特殊なTDP-43が生み出されていることが明らかになりました。強い神経活動によって、TDP-43を生み出すためのRNAの配列に変化がおこり、その変化したRNAから作られる、小さめのTDP-43が発見されました。

興味深いことに、この小さいTDP-43は、マウスの運動ニューロンで過剰につくられると、細胞に障害を与え、異常な塊を形成しやすいことがわかってきました。また、この小さいTDP-43をうみだす(と考えられる)RNAは、人間の運動ニューロンにも含まれていることが明らかとなりました。この小さいTDP-43タンパク質の性質を、人間の細胞で詳しく解明する研究が期待されます。

これらの研究がさらに進むことで、強く活動する大きい運動ニューロンほど障害を受けやすく、TDP-43の異常な塊が形成されやすい、というALSの性質を、説明できるようになるかも知れません。

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出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(11)

(10)からの続き

これまでは、RNAやDNAに結合する性質を持ったTDP-43が液滴や顆粒状の塊として、細胞の様々な場所で働いていることを見てきました。健康な細胞にあるTDP-43の塊と、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で変性した運動ニューロンに溜まる塊は、どのように違うのでしょうか?

ALSの運動ニューロンで蓄積するTDP-43の異常な塊は、その形の特徴から大きく分けて2つに分類できます。丸型(英語では、rounded)と、かせ型(skein-like)です。かせ型とは、巻き取られた糸の束のような形のことです。このように、少なくとも2種類の塊があるということは、異常な塊のでき方も2通りあると考えられています。

TDP-43の塊:(A)かせ型。(B)丸型。(C、D) かせ型と丸型の中間段階とみられる状態。Bodansky et al, 2010 より転載

ALSの5~10%は、病気の原因となる遺伝子変異を一つに絞ることができます。このような原因遺伝子には、RNAの機能に関連するものと、細胞の中の骨組み(細胞骨格、さいぼうこっかく)に関係するもの、などがあります。培養細胞をつかった実験では、RNAの機能に関連するALSの原因遺伝子を操作すると丸型のTDP-43の塊ができやすく、細胞骨格に関連する原因遺伝子を操作すると、かせ型の塊ができやすい、という研究成果も報告されています。

また、ある種のストレス下の細胞では、TDP-43分子の中央部にあるRNAに結合する領域にアセチル基という“タグ分子”が付加されることが知られています。このようなアセチル基が付加されたTDP-43をALSの運動ニューロンで検出してみると、なんと、かせ型の塊が染まることが報告されています。このことは、運動ニューロンが周囲からうけるストレスの種類が、TDP-43の塊の種類を決めている可能性を示しています。

ALSや一部の認知症で蓄積するTDP-43の塊は、少しずつ異なった形をもっていて、病気の進行度などが、塊の形のよって異なっていることが知られています。このような塊を抽出して、培養細胞に加えると、その細胞には、それぞれの形を受けついだ塊ができることが知られています。このように、塊の性質が細胞と細胞をまたいで受け継がれることから、TDP-43が、タンパク質から成る感染性因子「プリオン」としての性質を持っている可能性が考えられます。このようなプリオンのような性質を利用してTDP-43が運動ニューロンと運動ニューロンの間を伝わっていくとすると、運動ニューロンだけが変性する、というALSの特性が説明できるのではないか、と予想されています。

さらに、最近では、細胞と細胞が小さな小胞(微細小胞)を介して、物質のやりとりをしていることが明らかにされています。プリオンのような性質ではなく、微細小胞を介してTDP-43が運動ニューロン間に伝搬されている、という考えも提唱されています。

これまで紹介してきたように、一口にTDP-43の塊といっても、健康な細胞で作られるもの、異常な細胞で作られるもの、さらにそのそれぞれにおいて、異なる性質をもった塊が複数種類あります。

このようなTDP-43の塊を理解することができれば、 ALSで運動ニューロンだけが変性しやすいという現象の理解にたどり着くことができるのでしょうか?

次に章からは、TDP-43に着目することで、運動ニューロンだけが変性するというALSの大きな謎を解けるのか、否か、という点を議論していきたいと思います。

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出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(10)

(9)からの続き

筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞「運動ニューロン」の形や機能が失われてしまう難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、運動ニューロンにTDP-43とよばれるDNAやRNAに結合するタンパク質の塊が蓄積することが知られています。

実は、TDP-43は、運動ニューロンでだけはなくて、人間の体をつくるほとんどの細胞で働いていて、様々な機能を発揮しています。

例えば、筋肉の細胞(筋細胞)で、TDP-43の量が少なくなると、加齢に伴う筋力の低下が加速することが、マウスや昆虫を使った研究から明らかになっています。また、ゼブラフィッシュという熱帯魚を使った研究では、TDP-43の量が少なくなると、筋細胞の形や機能が徐々に失われてしまうことが報告されています。

TDP-43遺伝子が破壊されたゼブラフィッシュは、体が細く、心臓の形成(矢印)や血液循環(矢頭)に異常を示す(Asakawa 2020

では、筋細胞ではTDP-43はどのような働きを担っているのでしょうか。

筋細胞から作られた培養細胞でも、他の細胞種と同じように、TDP-43は、遺伝情報が収納された細胞核に豊富にあります。これに加えて、細胞核の外(細胞質)では、50~250ナノメートルの水に溶けにくい繊維(アミロイド)を形成していることが近年発見されました。

このアミロイド状のTDP-43繊維は、Myo-granuleと呼ばれています(ここでは、筋顆粒、きんかりゅう、と呼びます)。この筋顆粒は、筋肉の伸び縮みのもとになる“バネ”の性質をもったタンパク質をつくるためのRNAを含んでいて、筋細胞が作られるときや、損傷から再生される時には、なくてはならない役割を担っています。

この筋細胞の再生における振る舞いに似ていますが、TDP-43は、筋肉と接続するために必要な運動ニューロンのケーブル(神経軸索)が切断されると、一過的に運動ニューロンの細胞質におけるTDP-43の量を増やして顆粒を形成することが知られています。

このような研究から、細胞質でTDP-43の塊が形成されるという現象は、ALSのような異常な状況においてだけでなく、健康な筋細胞が、様々な細胞内外の環境変化に対処する過程でもおこることが明らかにされてきています。TDP-43の塊は、細胞の種類によって、さらには、同じ細胞種でも老化の度合いによって、有益であったり、反対に有害であるのではないか、と考えられています。

最後に、正常な筋細胞でTDP-43が溶けにくい塊(アミロイド状の繊維)を形成しているという発見は、運動ニューロンに溜まる異常なTDP-43の塊の源を突き止める上で、頭の片隅に置いておかなくてはならないものです。TDP-43分子の中にある決まった形をとらない領域(天然変性領域)は、細胞と細胞の間を移動できる(伝搬する)性質をもったプリオンというタンパク質に似ていることが知られています。ALSの運動ニューロンに溜まるTDP-43の異常な塊の源が、実は、運動ニューロン自身ではなく、筋細胞から伝搬したTDP-43のアミロイドに由来するのか、という可能性は今のところ推測の域を全く出ませんが、将来、検証の必要はあるかもしれません。

次は、運動ニューロンに溜まる異常なTDP-43の塊の性質について、紹介したいと思います。

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Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(9)

(8)からの続き

健康な細胞は、成長や分裂に必要なタンパク質を供給するために、遺伝情報が記されているDNAを、RNAに写しとって、それをタンパク質に翻訳するという作業を脈々と続けています。

しかし、細胞の一生のなかでは、栄養が急になくなってしまったり、急激に温度が変化したり、物理的な衝撃で損傷したり、など、危機(ここでは細胞ストレスと呼びます)にさらされることがあります。細胞ストレスに見舞われた時、健康に過ごしていた細胞は、ストレスの前と同じように、タンパク質を作り続けるのでしょうか?

実は、そういうわけにはいかなくて、細胞は生き延びるために、健康な時に必要とされていたタンパク質の供給を一旦停止して、代わりに、細胞ストレスに対応するためのタンパク質を合成して、急場を凌ぎます。

細胞ストレスを感じて、タンパク質の供給を一旦停止する時に、細胞は、タンパク質を翻訳していたRNAと翻訳装置を、ごそっと塊にしてストレス顆粒(ストレスかりゅう、英語では、Stress granule)とばれる大きな粒を作ります。細胞ストレスが去ったときには、このストレス顆粒が解消され、解放されたRNAと翻訳装置は、再び、健康状態を維持するためのタンパク質を開始します。RNAと翻訳装置を壊してしまうと、また一から作るのは大変ですが、再利用できるようにストレス顆粒として一旦しまっておくのは、合理的です。

ストレス顆粒は、細胞ストレスに応じて一過的に作られますが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で変性して失われる神経細胞「運動ニューロン」に溜まる異常なタンパク質の塊の源になっているのではないか?という説が提唱されています。細胞ストレスが、何度も繰り返されたり、常態化すると、ストレス顆粒の解消がいつしか不完全になり、解消しきれなかったストレス顆粒の残骸が、やがては異常な塊となって運動ニューロンに蓄積する、という予想です。

ALSの運動ニューロンに蓄積する異常なタンパク質の塊は、TDP-43というタンパク質が主成分として含まれていますが、TDP-43は、一部のストレス顆粒に含まれていることが知られています。また、ALSの原因となるTDP-43の変異の一部には、細胞ストレスが加わると、TDP-43を細胞核から漏れ出やすくして、細胞質にあるストレス顆粒に移行しやすくする効果があります。解消が不十分なストレス顆粒の残骸に、TDP-43が含まれていて、それがALSでは異常な塊に成長するのでしょうか。ALS発症の平均年齢が55歳ぐらいと言われていますから、この予想が正しいとしても、長い期間をかけてストレス顆粒のTDP-43が異常な塊に成長することを証明するのは、容易ではありません。

一方で、近年の研究では、ある条件でTDP-43の塊を形成させると細胞が損傷を受けることがわかってきていますが、その時に形成されるTDP-43の塊には、ストレス顆粒に含まれる他のタンパク質は検出できないことも明らかにされています。このような研究結果からは、ALSに見られるTDP-43の異常な塊は、ストレス顆粒に由来しない別のルートで作られる、という考えが提唱されています。

97%のALSでは、運動ニューロンにTDP-43の異常な塊が形成されることが知られています。その異常な塊の源はなんなのか?という問題が解ければ、ALSの原因の理解が大きくすすむと期待されています。TDP-43の異常な塊が、ストレス顆粒が進化したものなのか、ストレス顆粒とは別のルートで作られるのか?あるいは、両方とも正しいのか、誤っているのか?という論争の解決は、重要な課題です。

TDP-43が細胞内につくる塊には、ALSの運動ニューロンに見られるような異常な塊がよく知られていますが、実は、筋肉の細胞ではある種のTDP-43の塊が、筋肉の形成のための重要な働きを担っていることが知られています。次はこのことについて解説します。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(10)へ続く


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)