遺伝情報が書き込まれているDNAは、細胞核(さいぼうかく)とよばれる丸い袋状の区画に収納されています。そのDNAの情報が読み出されて作られるタンパク質は、細胞核だけでなく、その外側の細胞質(さいぼうしつ)を含む細胞のいたる所で働いています。人間がもっているおよそ2万種類の遺伝子から作られる多様なタンパク質は、それぞれ働く“持ち場”を持っています。例えば、子孫細胞に遺伝情報を引き継ぐためにDNAをDNA にコピーする(複製する)タンパク質は、細胞核の中に豊富にあります。一方で、隣の細胞と接着するための細胞と細胞のつなぎ目になるタンパク質は、細胞の一番外側の細胞膜を貫通して、隣の細胞と接触できるようになっています。
タンパク質を、それぞれの持ち場に無駄なく効率よく供給ために、DNAが読み取られてできるRNAという“DNAの友達”を、すぐにタンパク質に翻訳するのではなく、RNAを持ち場まで運んでから翻訳する、という能力が細胞には備わっています。RNAをあらかじめタンパク質の持ち場まで運ぶことは、形が複雑な細胞、例えば、神経細胞のように細長い細胞などでは特に重要です。
例えば、筋肉を収縮させる神経細胞「運動ニューロン」は、背骨の中を通っている脊髄(せきずい)という組織にDNAが収納された細胞核を持っています。そこから、相手方になる筋肉に向かって、神経軸索(しんけいじくさく)という細長いケーブルを伸ばしています。成人の腕の長さが、おおよそ70センチメートルと言われていますから、手の指の筋肉を収縮させる運動ニューロンは、70センチメール以上のケーブルを伸ばしています。
運動ニューロンでは、筋肉との接続に必要なタンパク質の作り方は、脊髄にあるDNAに書かれていますが、そのDNAの情報がRNAに読み取られると、脊髄でRNAからタンパク質を作って筋肉の方向に運んでいくのではなく、まずRNAを筋肉の近くに運んでからタンパク質を作る、という制御があることが知られています。軸索のケーブルが腕の中を走行して指先に到達する運動ニューロンは、70センチメール以上もRNAを運んでいることになります。
この総説で注目するTDP-43というタンパク質は、細胞核に豊富に含まれるタンパク質ですが、細胞質ではRNAの輸送に深く関わっていることが知られています。RNAと結合したTDP-43は、バラバラに細胞の中で浮かんでいるのではなく、集合して液滴をつくります。その液滴が、細胞の中に敷かれたレールを走っている、いわば“貨物列車”ともいうべきモータータンパク質に乗車して、まとまって細胞の先端まで運ばれていったり、あるいは、先端から細胞核の近くに戻ってきたりしています。
興味深いことに、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因となるTDP-43の変異がおこると、神経細胞の軸索ケーブルの中を行き交うTDP-43液滴の「行き(筋肉の方向へ)」と「帰り(細胞核の方向へ)」が、「帰り」側にかたよってしまうことが明らかにされています。その結果として予想されることは、TDP-43とRNAの液滴が、軸索ケーブルの先端に少なく、細胞核側に多い、というかたよった状態です。つまり、TDP-43の変異によって、筋肉との接続やコミュニケーションを担うタンパク質が、本来の持ち場に供給されにくくなってしまっている可能性が考えられます。
このようなトラブルをもたらすTDP-43の変異は、TDP-43が本来持っているサラサラの液体のように自由に形をかえる性質を低下させ、代わりに粘り気を増加させることがわかってきています。健康な状態では、TDP-43の液体のような性質が、RNAをタンパク質の持ち場まで、まとめて運ぶのを助けていますが、この性質が失われると、運動ニューロンがALSのような状態に向かうのかもしれません。
次は、細胞質における、もう一つのTDP-43液滴の姿、「ストレス顆粒(かりゅう)」について紹介します。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(9)へ続く
出典
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