はじめに、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に深く関係しているTDP-43というタンパク質の研究の歴史を少し振り返ってみます。
TDP-43は、ALSの研究から発見されたのではなく、ヒト免疫不全ウイルス(HIV−1)の研究で、1995年に発見されました。後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)を発症させるウイルスです。HIV−1は、 ゲノムがRNAでできたウイルスで、人間の細胞に侵入すると、ゲノムRNAをいったんDNAに写し変えて、人間のゲノムDNAの中に入ります。この組み込まれたウイルス由来のDNAが、あたかも人間の細胞の中にあるDNAのように、RNAに読み取られ(転写され)ます。
人間のゲノムDNAに組み込まれたウイルス由来のDNAがRNAに転写されるときには、人間のタンパク質を利用するのでしょうか?
このような疑問をもった研究から、HIV-1ウイルス由来のDNAに結合する様々な人間のタンパク質が単離されました。TDP-43はそのうちの一つで、ウイルス由来のDNAに結合して転写を抑える働きがあることがわかりました。この成果は今から26年前の、1995年に報告されました。
その11年後の2006年には、マウスの精子をつくる細胞ではたらくSP-10という遺伝子のDNAに結合するタンパク質としてTDP-43が同定されました。SP-10遺伝子にTDP-43が結合すると、SP-10遺伝子の転写を抑える効果があることがわかりました。つまり、TDP-43は、当初は、DNAに結合して遺伝子の転写を抑える効果を発揮するタンパク質として知られていました。
ところが、この2006年の終わりに、日本と米国の研究グループから、TDP-43に関する驚くべき発見が報告されました。
ALSで変性して失われる神経細胞「運動ニューロン」の細胞質(ゲノムDNAが収められている細胞核の外側の領域)に蓄積する異常なタンパク質の塊の主成分が、実は、TDP-43であったという発見です。この性質は、実に97%のALSに当てはまることが明らかになっています。TDP-43のタンパク質には、RNAに結合するタンパク質が共通してもっているアミノ酸配列が含まれるので、RNAに結合することは容易に予想できました。この画期的な発見により、ALSがRNAの異常と深く関係すると考えられるようになりました。
人間の遺伝子が、およそ2万個あり、そのほとんどがRNAに転写されて機能を発揮します。TDP-43は、現在までの研究で、6,000種類の遺伝子からできるRNAに結合することが明らかになっています。実に、30%の遺伝子の機能を制御しうることを示しています。TDP-43によるRNAの制御は、転写、転写されたRNAの編集、輸送、翻訳など多岐に渡ります。

このように、TDP-43は、ALSの変性運動ニューロンでは細胞質で塊を形成しますが、健康な細胞では細胞全体で活躍しています。DNAやRNAは細胞核に豊富にあるので、健康な細胞のTDP-43を観察してみると、細胞核に豊富に存在することがわかります(図、Asakawa et al, 2020より改変)。
次の章では、DNAやRNAと相互作用する性質がTDP-43タンパク質のどのような性質から生まれるのかを理解するために、TDP-43タンパク質分子について紹介します。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(6)へ続く
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