細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(4)

(3)からの続き

筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞(運動ニューロン)が、徐々に形や機能を失って、やがては体を動かすことができなくなってしまう病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で、TDP-43というタンパク質が異常な塊となって運動ニューロンに溜まることを、前回のブログで触れました。

次に、細胞の中のTDP-43から、身体の中のTDP-43へと、視点を少し広げてみます。

ALSで運動ニューロンが顕著に障害を受けることに、TDP-43がどのように関係するのかを理解する上で、忘れてはならないのが、実は、TDP-43は、運動ニューロンでだけでなく、私たちの身体を作る様々なタイプの細胞で働いている、という事実です。つまり、TDP-43は全身で働いているのです。

神経細胞の形や機能が徐々に失われていく病気を神経変性疾患(しんけいへんせいしっかん)と呼びますが、ALSの他にも、たとえば、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病などが知られています。これらの神経変性疾患でも、障害を受ける神経細胞や脳領域に異常なタンパク質の塊が蓄積することが知られていますが、蓄積するタンパク質は障害を受ける細胞や領域でのみ働いているのではなく、様々なタイプの細胞で働いています。

ALSで運動ニューロン”だけ”が顕著に障害を受けるという不思議な現象を、TDP-43の異常な塊が蓄積するという視点から、どのぐらい説明できるのか、まだわかっていません。

この問題を解くためには、運動ニューロンの中のTDP-43を研究することが理想的です。しかし、運動ニューロンは、遺伝情報が入った細胞核を背骨の中に走っている脊髄という組織のなかに持っていて、そこから、軸索(じくさく)という細長いケーブルを、体を覆う筋肉にむかって伸ばして接続しています(図)。このように、運動ニューロンは、形が複雑で大きい細胞なので、TDP-43を観察しにくい、という難点があります。このことが主な原因となって、運動ニューロンの中のTDP-43の解析はほとんど実現していません。

ALSで運動ニューロンが顕著に障害を受けることと、TDP-43の異常な塊との間にどのような関係があるのかを理解するには、

  • 健康な細胞で、TDP-43がつくる液滴がどのような働きをしているのか?
  • 正常に働いていたTDP-43が、どのように正常さを失っていくのか?
  • そのようなTDP-43の病変を引き起こす細胞内や細胞外の要因はなんなのか?

という重要な研究課題を、一つ一つ解決していく必要があります。

このようなチャレンジを頭に思い描きながら、この総説では、まず、TDP-43の分子の構造と機能について解説します。次に、細胞や動物モデルを使ったたくさんの研究で明らかになってきたTDP-43液滴の機能や性質を議論します。そして最後に、運動ニューロンで働くTDP-43の特有の性質に着目することで、ALSで運動ニューロンが顕著に障害を受けるという不思議な現象をどのぐらい理解できるのか、という問題を議論したいと思います。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(5)へ続く


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(3)

(2)からの続き

人間の体の中で働くTDP-43タンパク質によく似たタンパク質が、線虫、ハエ、魚、マウスの体の中でも働いています。このことは、TDP-43が進化の過程で受け継がれてきたタンパク質であることを示しています。TDP-43は、遺伝子情報が記されているDNAや、DNAのコピーであるRNAに結合することで様々な機能を果たしています。DNAがRNAにコピーされる転写や、転写によって合成されたRNAを編集したり、運んだりする機能、ウイルスが細胞内に侵入したときに応答する機能、DNAに損傷が起こった時に修復する機能、DNAやタンパク質が集まって作られる染色体という構造の維持、など、その機能は多岐に渡ります。

全身の筋肉が衰えて、やがては身体を動かすことができなくなってしまう筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気では、筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞(運動ニューロン)が、形や機能を徐々に失います。実に97%以上のALSでは、TDP-43が異常な塊を形成して、運動ニューロンに蓄積していることが知られています。なぜ、TDP-43がALSでは、異常な塊になってしまうのか?この謎を解くには、まず、TDP-43タンパク質の分子の性質を理解する必要があります。

人間がもっている2万種類の遺伝子のうちの一つに、TDP-43をどのように作るか記されています(この遺伝子は、TDP-43遺伝子、または、TARDBP遺伝子と呼ばれています)。そこには、20種類のアミノ酸を、ある決まった順番で414個数珠つなぎにして、タンパク質を作る方法が記されています。この指令がRNAにコピーされて、指令に従って414個のアミノ酸がつながり折りたたまれると、

(1)TDP-43分子同士が結合する領域

(2)RNAに結合する領域

(3)決まった構造をとらないで柔軟に形を変える領域

という3つの特徴的な領域をもった、タンパク質がつくられます。これが、TDP-43です。

興味深いことに、ほとんどのALSでは、TDP-43をつくる414個のアミノ酸の配列に異常はありません。アミノ酸の配列は正常なのに、何かのきっかけで、TDP-43が異常な塊になってしまうのです。いっぽうで、414個のアミノ酸の配列に異常があるタイプのALSも、稀ですが、知られています。こういったケースを調べてみると、アミノ酸の配列の異常は、上に挙げた(3)の、決まった構造をとらないで柔軟に形を変える領域、に起こっていることが知られています。

このような知見から、TDP-43に備わっている、柔軟に形を変化させる性質が異常になると、細胞内で異常な塊となってしまうのではないかと予想されています。また、このようなTDP-43の変化が、ALSと密接に関わっているのではないか、と考えられています。

この柔軟に形を変える領域は、天然変性領域(てんねんへんせいりょういき)とよばれています。英語では、IDR(Intrinsically Disordered Regionの略)と呼ばれていますので、これからIDRと呼びます。健康な細胞では、TDP-43は、時にTDP-43同士が結合し、またある時は他の様々なタンパク質やRNAと結合しながら、IDRを利用して、まるで、水に浮かぶ油滴のごとく、しずく状の構造(液滴)を作って柔軟に形を変化させています。この液滴を作る性質が、TDP-43の多様な機能を支えていると予想されています。

細胞が、いったいどのようにしてこのような変幻自在のTDP-43の振る舞いをコントロールしているかについては、現在のところ、謎に包まれたままです。

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出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(2)

(1)からの続き

序章

私たちが考えたり、感じたり、行動したりするときには、脳の中に無数にある神経細胞とよばれる細胞が、頻繁に信号を発して情報のやりとりをしています。脳が発する信号は、背骨の中を通っている脊髄(せきずい)という組織を介して、身体に伝えられます。脳と脊髄の神経細胞が正常に発達しなかったり、あるいは、大人になってからまだ身体は元気なのに、神経細胞の形や機能が異常になってしまう病気が知られています。こういった病気の多くには、正常な神経細胞にはない、異常なタンパク質の塊が溜まる、という特徴があります。このタンパク質の塊とはなんでしょう?

このことを考える前に、まず、細胞の中で、タンパク質がどのように作られるのか、考えてみます。

人間の身体の設計図ともいうべき遺伝子の一揃い(ゲノム)は、DNAという物質に書き込まれていて、その数は、およそ2万種類と言われています。この設計図は、4種類の物質(仮に、A、T、G、Cの文字で表します)の並びによって記されています(下の図)。このDNAの配列が、DNAとよく似たRNAという物質にコピーされます(転写されます)。RNAにコピーされたA、T、G、Cの配列情報は、3つの文字の区切りごとに意味を持っていて、3つの文字が1つのアミノ酸に対応しています(DNAのTは、RNAではUに変換されます)。例えば、GCAというRNAの3文字はアラニン、UCUはセリンというアミノ酸を指定します。このようにして、RNAにコピーされたDNAの配列情報は、順番にアミノ酸が数珠つなぎになったものへと変換されます(翻訳されます)。こうして出来上がった数珠つなぎのアミノ酸こそが、タンパク質です。このように、転写、翻訳という流れに沿って、遺伝情報は読み出され、使われます。2万種類の遺伝子があるということは、タンパク質の種類も多様です(なかには、翻訳されないRNAをつくる遺伝子もあります)。

では、この概念としての遺伝情報の流れは、細胞という空間のなかでは、どのように流れているのでしょうか。まず、DNAは、細胞核(さいぼうかく)とよばれる膜で隔てられた球形の区画に納められています。ですので、DNAからRNAへのコピー(転写)は、細胞核の中で行われます。転写によってできたRNAは、細胞核を出て、細胞質(さいぼうしつ)という細胞核の外側のスペースに運ばれます。この細胞質で、RNAからタンパク質への変換(翻訳)が行われます。RNAの翻訳によってつくられるタンパク質は、タンパク質になってから自分の仕事場に移動する場合も知られていますが、多くの場合、タンパク質の仕事場にRNAをあらかじめ運んでおいて、そこで翻訳を行うという合理的な仕組みがあることが知られています。

さてここで、下の図を見てみます。左側にあるような単純な形の細胞なら、前もってタンパク質の仕事場にRNAを運ぶことは、容易かもしれません。一方で、右側に示したように、神経細胞のほとんどは、情報を運ぶという性質上、全体としては細長くて、その細長い細胞の両端には、他の沢山の神経細胞と接続するために、複雑な突起を沢山持っています。例えば、人間では足の動きをコントロールする脊髄の神経細胞に、直接接続する脳の神経細胞が知られています。身長か高い人なら、その長さは1メートル近くになるかもしれません。神経細胞は、情報を受け取ったり、受け渡したりするためのタンパク質を、あらかじめタンパク質の仕事場にRNAを運んでから、翻訳することが知られています。この“あらかじめタンパク質の仕事場にRNAを運ぶ”という役目は、神経細胞のような複雑な形をした細胞では、特に大切なことは想像に難くないでしょう。

さて話を、神経細胞に異常なタンパク質の塊が溜まる病気、に戻します。実は、この異常な塊を作るタンパク質には、“あらかじめタンパク質の仕事場にRNAを運ぶ”という役目を担っている場合があることがわかってきました。このようなタンパク質は、自分自身がRNAの翻訳によって作られると、今度は他のタンパク質を作る為のRNAと結合して将来“正しい場所”で翻訳されるように、RNAを運ぶ手助けをします。このような性質をもったタンパク質は、数多く存在し、RNAと結合することで、細胞核や細胞質で、水の中にある油滴のように液体状のドロップを作ったり、場合によっては、さらに硬い固体のように振舞いながら、RNAが適切な時間と場所でタンパク質に翻訳されるのを助けています。この柔軟に形や質を変化させる性質が、神経細胞に異常なタンパク質の塊が溜まる病気に深く関わっているのではないか、と考えられるようなってきました。本来は、柔軟に形を変えることができるRNAとタンパク質が、何らかの原因で、共に氷のように固まってしまうのか。あるいは、本来はRNAと結合して柔軟に形を変えることができるはずだったのが、なんらかの原因でRNAと結合できず、タンパク質だけで塊になってしまうのか。

この総説で着目するTDP-43(ティーディーピー43)というタンパク質は、転写から翻訳に至るまでRNAと結合して正常な場所でタンパク質が作られるように助ける機能を持っています。TDP-43は、2万個の遺伝子のうちの6,000遺伝子(全遺伝子の30%)から作られるRNAに結合すると言われています。神経細胞の一つである、運動ニューロンに異常なタンパク質の塊が溜まる病気の一つとして知られる筋萎縮性作硬化症(ALS)では、このTDP-43の異常な塊が蓄積します。TDP-43がRNAと共に液体や個体のように振舞う性質から、ALSの原因を探ることができるのでしょうか。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(3)へ続く


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(1)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、意識や五感が保たれたまま、体が動かなくなります。これは、筋肉を収縮させる神経細胞「運動ニューロン」だけが、際立って機能を失うことによります。なぜ、このようなことが起こるのか、未だ謎に包まれています。この現象を、TDP-43と呼ばれるタンパク質の性質から、どのぐらい説明できるのか?について考察した総説を、Cellular and Molecular Life Sciences誌に発表しました

この総説では、TDP-43に備わっている細胞内で液滴(雫、しずく)をつくる性質に注目します。ALSでは、このTDP-43の雫が、あたかも凍りついてしまったかのように、塊になってしまいます。この現象が、ALSをどのように関わっているのか?このような疑問を抱きながら、和文タイトルは「細胞に凍(い)てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る」としました。

英文のタイトル、「Multi-phaseted problems of TDP-43 ….」は、TDP-43の機能が多岐にわたっている(Multi-faceted)ことと、TDP−43が、液体から個体の間の様々な状態(相、そう、phase)を行ったり来たりできる性質を持っている(Multi-phase)を合わせた造語です。

できるだけ平易に和訳して、何回かに分けてブログに掲載したいと思います。


Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(1)

要旨

わたしたち人間の体は、およそ2万種類の遺伝子の働きに支えられて、形作られ、機能しています。

この2万種類の遺伝子がもっている遺伝情報を利用して、およそ2万種類のタンパク質が作られますが、その中の一つに、TDP-43(ティー・ディー・ピー・よんじゅうさん)というタンパク質があります。TDP-43は、遺伝情報が書き込まれているDNAや、DNA情報のコピーであるRNA(アールエヌエー)という “DNAの友達”に結合するタンパク質です。人間だけでなく、昆虫、魚、ネズミなど様々な生き物の体の中でも働いているので、生物の進化の中で、保存され受け継がれてきたタンパク質と言えます。

この総説では、このTDP-43タンパク質の働きに注目します。その理由は、このタンパク質が、全身の筋肉が弱って体を動かせなくなってしまう難病、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、別名ALS、エイエルエス)の謎を解く鍵になるのではないか、と考えられているからです。ALSで筋肉が弱ってしまうのは、筋肉の伸び縮みのスイッチを押す「運動ニューロン」とよばれる神経細胞が、形や機能をだんだんと失ってしまう(変性する)からです。ALSの原因の多くは今もなお謎のままですが、変性する運動ニューロンに、TDP-43の塊が溜まることが、今から15年前に発見されました。この発見がきっかけとなって、運動ニューロンの中で起こるTDP-43の変化の仕組みを理解できれば、ALSの謎を解くための大切なヒントが得られるののではないか、と期待されるようになりました。

遺伝情報(DNAの配列)が変わることを変異(へんい)と言います。タンパク質は、DNAの配列のコピーであるRNAに書いてある順番にしたがって、アミノ酸を数珠つなぎにしてつくられます。変異が起こると誤った情報を含んだRNAがつくられて、その結果、一部のアミノ酸が入れ替わったタンパク質が作られるようになります。タンパク質の機能に欠かせない大切なアミノ酸が、変異によって入れ替わってしまうと、タンパク質の機能が失われたり、害のあるタンパク質が作られることがあります。このような異常なタンパク質は、多くの病気の原因になっています。一方で、意外なことに、90%以上のALSでは、TDP-43に変異は見当たりません。TDP-43は、健康な細胞の中では、遺伝情報が折り畳まれて収納されている細胞核(さいぼうかく)と呼ばれる膜で囲まれた区画に豊富にあります。しかし、ALSでは、アミノ酸配列は正常なのに、なぜか、TDP-43は細胞核の外側の細胞質(さいぼうしつ)で、塊になってしまうのです。

この問題を解く為には、TDP-43が細胞の中で液滴(ドロップ、専門的には非膜系オルガネラ)をつくる、という性質に着目する必要があるのではないか、と近年は考えられようになっています。例えば、サラダにかけるドレンシングを思い浮かべていただくと、冷蔵庫から取り出したばかりのボトルの中では、油と水が上と下に分かれています。ボトルを激しく振れば、油と水が一見混ざったようにみえます。しかし、よくみると油が無数の小さなドロップ状(しずく状)になって、柔軟に形を変えながら、小さいドロップが合わさって少し大きなドロップになったり、時には、くびり切れてより小さいドロップになったりしているのがわかります。TDP-43も、水の中にある油の如く、ドロップ状になって、別の様々なタンパク質やRNAと結合して、柔軟に姿を変えながら、多彩な働きをしていると予想されています。

この総説では、細胞の中にあるTDP-43を含んだドロップについて、これまで知られているものについて紹介していきたいと思います。そして、このようなTDP-43の性質からALSを眺めることで、「運動ニューロンだけが変性する」というALSの大きな謎に、どのくらい迫ることができそうか?ということを議論したいと思います。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(2)につづく


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)