ギョウコテンコウカについて

今週は、高校の化学で学んで以来かもしれない、凝固点降下(ぎょうこてんこうか)という現象について考えました。水は、0℃で凍りますが、たとえば、食塩水は0℃では凍りません。液体から固体に変化する温度が下がる現象です。

仮想的にですが、0℃で水に氷が浮かんでいる時には、これから凍る水分子(水→氷)と、これから溶ける水分子(氷→水)の数が釣り合っています(図、左)。いっぽう、食塩水では、食塩がとけて混ざっている分だけ、水分子の濃度が下がるので、これから凍る水分子(水→氷)が、氷に接する機会が減ります(図、右)。すると、溶ける水分子の数に比べて、これから凍る水分子の数が少なくなり、結果的に、氷はどんどん小さくなって、最終的には解けてなくなります。

凝固点降下を考えたきっかけは、今週読んだ総説です。人生の後半ぐらいから、徐々に脳の神経細胞が機能しなくなる神経変性疾患という病気では、細胞内に異常なタンパク質が蓄積します。このタンパク質の異常な蓄積は、似た分子が集合することで起こると予想されています。あたかも水が0℃で氷になる様子に、なぞらえることができるかもしれません。

細胞内では、あるタンパク質が単独では、到底、解けてはいられないような高濃度になっても、他の種類のタンパク質や核酸分子と結合して、流動性を確保し、機能することもがわかってきています。何かのキッカケで、いったん同じ分子が集合しだすと、氷がどんどん大きくなるように、集合体が増幅していくことが病気の発症や進行に関わるのではないかと、一説には予想されています。このキッカケは、謎ですが。もし、この予想が正しければ、タンパク質の流動性(あるいは、heterotypic interaction、異型相互作用)を人為的に維持するような手法が開発できれば、神経変性疾患の治療法となるかもしれません。

ちなみに、これは私たちのカラダの中の細胞の話ですが、似たものが集まって流動性が失われると、なにかよくないことが起こるかもしれない、というのは人間社会などにもあてまはる、真理かもしれません。

動きの十二単構造について

Freestyle / 自由形

この動画は、産まれてから3日目の熱帯魚ゼブラフィッシュの仔魚(しぎょ)の泳ぎのスローモーションです。体長は、およそ3ミリメートル。

全体で200ミリ秒の動画で、その間に7回シッポを振っていますから、1秒間では35回、つまり、35ヘルツの泳ぎです。結構、速いです。よく見ると、胸ビレも左右交互に動いていて、まるで水泳の自由形のようです。この時期の仔魚は、危険から逃避する時はさらに泳ぎのスピードをあげることができます。

2004年頃から、一部の神経細胞の機能をシャットアウトすることで、行動を操作するという研究(Asakawa, 2008)に取り組みました。当初は、右にシッポを振ることができるが、左には振れない、というような状態を簡単につくることができるのではないか、と期待していました。しかし、泳ぎの左右のリズムが遅くなることはありましたが、左右の動きを非対称にすることは実現しませんでした。今思えば、動きをコントロールする回路のしくみが、そもそも、この細胞は右、この細胞は左、というような役割分担にはなってはいなかった、ということです。

後に教科書を読んで、運動回路の本質は「重複(redundancy)」である、と書かれているのを読んで納得です。最初は、まず遅い左右リズムを生み出す回路が形成されます。産まれてから1日目のゼブラフィッシュ胚は、はじめは1ヘルツ(1秒間に1回)ぐらいのリズムからスタートします。身体の成長に伴って、その上に、新しい神経細胞が加わって少し速い左右リズムの回路が付け加えられ、その上に、さらに少し速い回路、といった具合にいわば十二単(じゅうにひとえ)のように積み重ねられつくられていき、動きはどんどん速くなります。(実際の十二単は、重ねれば重ねるほど動きはどんどん遅くなると思いますが。。)

つまり、速いリズムの回路を阻害しても、それより遅い回路が残っているため、左右性は保ったまま、リズムが少し遅れるという結果になります。やがて、おそいリズム回路の機能も失われ、リズム回路を全部を失った時に、動けなくなります。逆にいえば、このような重複構造のおかげで、通常はそう簡単に身体が動かなくなることはないのです。これは真理としては納得でしたが、研究は厳しいものでした。

さて、この経験は、ゼブラフィッシュをつかった筋萎縮性側索硬化症(ALS)モデル(Asakawa, 2020)を作製するのに、大切な示唆を与えてくれます。ALSは、運動ニューロンと呼ばれる筋肉を収縮させる神経細胞が失われ、やがては身体を動かすことができなくなってしまう病です。ゼブラフィッシュの運動ニューロンで、ALSと同じような異常を再現できた時、すぐにそれが身体の動きの変調としてあらわれるでしょうか?相当な数の運動ニューロンが、影響を受けない限り、あからさまな動きの変調は検出できないかもしれません。筋力が試されるような荷重(急流に逆らって泳ぐ、など?)を与えられると、早期に、運動ニューロンのダメージを、身体の動きの変調として捉えられるかもしれません。

身体の透明性を活かして運動ニューロンを直接観察する、という得意技をもったゼブラフィッシュは、身体レベルの変調が現れるのを待たずに、できるだけ早期の運動ニューロンの変化を再現、発見することが期待される課題です。

星月夜

水は、0℃で凍って100℃で蒸発します。水に備わるこの性質は、私たちのカラダの50-70%が水でできていて、体温が、水( 液体)の範囲に設定されていることと、無関係ではないでしょう。

水分子同士の結合のしかたが変わることで、全体のカタチや振る舞い(相、そう)が、個体(氷)、液体(水)、気体(水蒸気)とが変わります。人間はおよそ35℃~40℃で生きているので、水( H2O)は液体で、固体になることも、気体になることもありません。しかし、細胞の中にあるタンパク質は、この体温の範囲内で、細胞の状況に応じて、サラサラ、ベトベト、ネトネト、カチカチといった具合に、あたかも気体⇆液体⇆固体に相を変えることで、機能を果たしています。

今週読んだ面白い論文では、細胞が、内側の水を外に吸い取られて、体積が20%減った時に、液体状に(ベトベトに?)なるタンパク質があって、数秒から数十秒以内に細胞活動を緊急中断させる役割を果たしている、という発見が報告されていました。このタンパク質は、いわば体積のセンサーとして働いて、細胞が減った体積に対して本格的な対応を始めるまでの時間を稼いでいるらしい。自分自身と結合する能力をもったタンパク質(人体には無数に存在する)は、結合に必要なエネルギーと細胞内の濃度が絶妙に調整されていて、細胞の要求に応じて相を(サラサラ、ベトベト、ネトネト、カチカチに)変えれるように進化してきただろう、という議論は、生物の進化の奥深さ、複雑さ、巧妙さを感じさせます。

つまり、細胞は水( H2O)が液体でいられる35℃~40℃の間で生きているが、その中にあるタンパク質は、この温度の範囲内で、状況に応じて液体に近い状態になったり、個体に近い状態になったり、を行ったり来たりできるようになっているということです。この絶妙なバランスの大切さは、人生の後半で、もう解くことができないほどカチカチになってしまったタンパク質が蓄積して神経細胞の機能を破壊してしまう神経変性疾患という病があることからもわかります。

さて、細胞の中に、サラサラ、ベトベト、ネトネト、カチカチの区画が、現れては消え、消えては現れることを繰り返している、という様子は(私には)簡単には想像ができませんが、このゴッホの「The Starry Night」(日本語で、星月夜)という絵を見た時、なんとなく、、なんとなくですが、こういう感じかな、と思いました。なので、最近は帰宅してからの研究頭を切り替えるために、iPadでThe Starry Nightを毎日少しずつなぞりながら、細胞の中を想像しています。サラサラ、ドロドロ、カチカチの区画が発見できます。The Starry Nightが完成したら、次は、それをさらに細胞と細胞小器官に描き換えて、The Stirry Cyte (ドロドロ細胞)にする予定。

ちょうどいいサイズについて

ちょうどいいサイズについて(On being the right size, Haldane JBS, 1926年)、というエッセイを読みました。

生き物のサイズが、どのように決まっているのか? という問題は、興味深いです。なぜ、人間が、だいたい身長160〜170cmぐらいで、体重が60〜80kgなのか、という問題の説明は難しい。けれども、人間がなぜ昆虫より大きいか、ということについて理由はいくつか挙げられるようです。

たとえば、昆虫はカラダの側面に開いている穴から内部に張り巡らされている気管とよばれる管を介して、基本的に拡散によって酸素を取り入れています。もし、昆虫が大きくなりすぎると、拡散では酸素がとどかない細胞がでてきてしまい、この限界が、昆虫が大きくなれない制約の一つになっているのではないか、という説。一方で、人間は、展開すると80平方メートルにもなる肺から酸素を取り入れ、血流に乗せてカラダの隅々まで、酸素を効率よく運搬できるので、代謝を維持しながら大型化できたのではないか、という説。など。

さて。思考実験的にですが、生き物の身長(体長)が2倍になると、体積(≒体重)はだいたい2(タテ)x2(ヨコ)x2(オクユキ)の8倍になります(大雑把に)。一方で、この勢いで、代謝(消費するエネルギー)を8倍にしてしまうと、体熱が高くなりすぎるようです。なぜならば、カラダの熱を放出する体表の面積は4倍にしかなっていないから。

エッセイを読み終えて、個々の細胞は、人間の大型化にどのように対応たのかということを少し考えました。進化の過程で、大型化した人間は、体が大きいだけでは生存競争を勝ち抜くことは難しく、大きくなったカラダを操る仕組みも同時に発達させたはずです。その一つは、脳に細胞体(遺伝情報を含む細胞核)があって、脊髄の中にケーブル(軸索、じくさく)を伸ばす、神経細胞ではないでしょうか。軸索が、脳から腰のあたりにある脊髄の端まで到達しているとすれば、成人では、1メートル弱ぐらいにはなるかもしれません。そのような細胞の一つ、ベッズ細胞(Betz cell)は、人間が運動する時に活動し、腕や足を動かす神経細胞を一気に活動させ、大きいカラダの動きを生み出しています。

人間の体が進化の過程で大型化するにつれて、ベッズ細胞のような細胞も大型化したはずです。細胞の軸索の長さが2倍になった時には、エネルギー消費量は8倍になったのでしょうか。8倍になったとしたら、エネルギー消費が多すぎ燃え尽きてしまわないでしょうか?あるいは、エネルギー供給が足りずに、細胞が消耗して機能不全に陥るでしょうか?きっと、大きい細胞のエネルギー管理は、大きい細胞なりの特有な事情があるのではないでしょうか。

人間の一生はどうでしょう。50cmに満たない身長で生まれた赤ちゃんは、徐々に脳から脊髄に伸びる神経細胞や、脊髄から腕や脚に伸びる神経細胞を発達させます。こうした大型の細胞は、カラダの成長に従ってさらに大型化し、長さが2倍になった時、エネルギーの消費量は8倍になってしまうのでしょうか。それとも、もっと少ないエネルギーで、上手に活動していく仕組みに切り替わっていくのでしょうか。

体を動かすのに必要な、脳から脊髄、あるいは、脊髄から手脚に伸びる大きな細胞は、運動ニューロンと呼ばれています。こういった大型の細胞のエネルギー消費と、カラダの他の細胞のエネルギー消費のバランスを保ちながら、うまく個体全体の一生を終える仕組みはあるのでしょうか。人間の一生よりも、遥かに早く、運動ニューロンが失われてしまう筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因を探る視点をもたらしてくれるかもしれません。

エネルギー消費からみた、細胞のちょうどいいサイズ、はあるのではないでしょうか。

イトグチとイマシメ

裏づけとなる論文が既に発表できていれば問題がないとおもいますが、新しいプロジェクトに挑戦する時には、新しければ新しいほど実績がないわけですが、それでも研究費を獲得しなくてはなりません。

そんな時には、グラントの審査員の先生方に、達成の可能性を予感させる“イトグチ”となる結果を既に得ていることを申請書の中で示すしかないです。この方法が、よく機能しているのかは別にして、私は、イトグチを示す、一枚の写真を添付します。「これに投資してください」という一枚。とにかくパネル一枚。で、ぱっと見で、瞬間的にわかるもの。真実であれば、荒削りでもOK。

FUS droplets

さて。人体では解析することが難しい病気に関わるタンパク質でも、ゼブラフィッシュのカラダの中に導入できれば、その振る舞いを直接観察して、解析できるようになることがあります。写真は、FUSというALSの原因になるタンパク質をゼブラフィッシュに導入して、生きた魚のカラダの中を撮影したものです。直径10ミクロンぐらいのピンク色の大きな丸が細胞核にあるFUSです。FUSの挙動をゼブラフィッシュの生体内で研究することができるようになったことを示す写真です。初めてのALSの研究費をもたらした、イトグチショットです。

この写真を撮影した2012年は、膜に囲まれていない細胞内の区画、非膜系オルガネラ(membraneless organella)が生体内で重要な役割を果たしていることが詳しくわかり始めて、論文の数も急速に増えて、爆発的に分野が拡大し始めた時期でしょう。この写真をよく見ると、左隅に小さなピンク色の粒々が見えます。直径、2ミクロン以下で、細胞核よりは、遥かに小さい。これはFUSを含む液滴/非膜系オルガネラですが、当時私にはよく見えていませんでした。この時点で、ゼブラフィッシュ体内のFUS液滴をとらえていたということは、さらにおおきなイトグチがあったのに。その5年後、専門家のO先生は、この写真をみるなり「この粒々はなんですか?」、と指摘してくださいました。ということで、今では、この写真は、新しい研究を始めるときには、できるだけ早期に多くの専門家の指導を受けなくてはならない、というイマシメの一枚になっています。審査員の先生がこの液滴を見つけて評価してくれていたなら、だいぶ運を使ったかもしれません。

ウイルス感染で、ミツバチも“蜜”回避

ミツバチは、食べ物や、紙、布、ロープなどに使われる植物繊維の収穫に必要な受粉をする為に、世界中を飛び回って活躍しています。近年の人間のライフスタイルの変化から、受粉への需要がこれまでになく高まっていて、ミツバチは自然界では存在しないような密度で生きていくことを余儀なくされています。

現在、人間界では新型コロナウイルスが蔓延していますが、ダニを介してミツバチに感染するウイルスもいます。ミツバチの密度が上昇するに従って、ダニやウイルスの感染が増え、これが原因でミツバチの数が大きく減少しています。

ミツバチのグループ(コロニー)は、体を覆う硬い膜(キューティクル)で仲間を見分けます。コロニーには、キューティクルの検査をして、よそ者を見分ける“門番”ミツバチがいます。ウイルス(IAPV)が感染してミツバチの体内で免疫応答がおこると、どうやらキューティクルが、門番ミツバチに見つかりにくいように変化するようです。これによって、感染ミツバチは、よそのコロニーに容易に侵入できるようになります。

蜜です!

一方、ミツバチは口から口へ食べ物を交換する栄養交換(Trophallaxis)を行います。これが、コロニー内でウイルス感染を拡大します。仕組みはわかりませんが、感染による免疫応答がおこっているミツバチとの栄養交換の頻度は低下するようです。感染ミツバチの運動性に変化はなく、具合が悪くて動けない、ということではないようです。感染を拡大させないための、なんらかの防御反応がおこっている可能性があります。

つまり、キューティクルを変化させて、コロニーからコロニーへ、どんどん拡大しようとするウイルスと、その感染を防ごうとするミツバチとの“軍拡競争”が起こっているわけです。ウイルスの感染は、コロニーとコロニーがとても離れている自然界ではなかなか拡大しません。しかし、養蜂など、ミツバチが密集するようになった現代では、常に、ウイルス感染の危険性があるのです。

生物が接触する機会が増えすぎると、ウイルスによって密度の調整が行われる、という現象は、脈々と続く自然の摂理と言えるかもしれません。

このウイルスとミツバチの関係は、新型コロナウイルスと人間の関係に似ています。

この論文が、新型コロナウイルスのパンデミック宣言の1ヶ月以上前、2020年2月6日に投稿させていることにも注目したいです。

出典:Honey bee virus causes context-dependent changes in host social behavior (https://www.pnas.org/content/117/19/10406)