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白菜の根元のほうが炒まりにくい効果、について

ブラジルナッツ

ナッツ盛り合わせの上の方には、大粒のナッツがある。これは、違った大きさの粒子に振動を加えると、大粒のものが浮かび上がってくる現象で、大粒ナッツの代表格であるブラジルナッツの名前をとって、ブラジルナッツ効果と呼ばれている。

これに似た現象として、「炒めもので、白菜の根元のほうは、うえに上がってきて、炒まりにくい」というものがある(*)。白菜の根元のほうは、形がカーブしていて硬いので、フライパンの面と接する面積が小さくてそもそも炒まりにくいし、その結果、他の具との隙間が生まれやすい。その隙間に、すでに炒まったシナシナの他の具が入ってきて、結果的に、根元の方の白菜は浮かび上がってしまう。ブラジルナッツ効果は、ある意味「白菜の根元のほうが炒まりにくい効果」と呼べるかもしれない。(*家族による私信。普通は、白菜の根元の方は先に炒めます。)

ミックスナッツ(左)と白菜の根元(右)

脊髄(せきずい)から、軸索(じくさく)とよばれるケーブルを伸ばして筋肉を収縮させる働きをもった『運動ニューロン』と呼ばれる細胞群は、大きなもの(大粒なもの)ほど、背中側にまとまって整列している。大きい運動ニューロンは、ブラジルナッツや根元の方の白菜のように、他の細胞からはじき出されているのかもしれない。

「白菜の根元の方のが炒まりにくい効果」は、「ブラジルナッツ効果」にはない「硬さの差」という視点をもたらしてくれる。大きい運動ニューロンは、小さい運動ニューロンより細胞が”硬い”ので、周囲の細胞にフィットしにくく、背中側に押しやられているのではないか?運動ニューロンの硬さ、という新しい視点。

ALS(筋萎縮性側索硬化症、きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)では、大きい運動ニューロンほど変性しやすいことが知られており、この現象の背後にある仕組みを理解するために、大きい運動ニューロンに備わっている特殊な性質を探っています。

バイオリソースのワークショップ:第41回日本分子生物学会

分子生物学会@横浜で、「生物種横断的な研究の進展とバイオリソースの役割」というワークショップを開催しました。短めの発表時間で、演者の皆さんには申し訳なかったですが、面白い発表、鋭い質疑ありがとうございました。私は、ゼブラフィッシュを使ったヒト疾患研究について「光照射によるALS病態の再現にむけて」というタイトルで口演しました。忘れられていたリソースでも、発見や技術的な進歩によって、宝の山に変わることがあり、歴史と先端の両方を理解しながら、適正規模でリソースを開発、維持するために、皆さん試行錯誤を積み重ねていることが良くわかりました。

自由度について

“また、自由度の拡大に伴なって第三者評価を伴う目標管理も行われるようになった。”

大学法人化の矛盾と苦悩がにじむ、理解が極めて難しい一文。

在学中も含めて一度も足を踏み入れることがなかった、京大時計台の建物に入ってみた。一角に、京都大学の歴史などの展示があり、国立大学法人京都大学の発足について書かれたパネルで。

管理もされず、失敗しても大丈夫なのが、自由。

小さな窓

小さな窓から、はてしなく広い景色を見渡す。

という言葉は、モデル生物を使って研究をする私が、目指すところ。今日は、メダカという小さな窓から、人間の本来の姿を見抜く研究発表を聞いて、興奮している。

第4回ゼブラフィッシュ・メダカ創薬研究会にて。写真は、産総研の大きな窓からみた、はてしない東京。

感性的な悩み

稲盛和夫氏と山中伸弥先生の対談「賢く生きるより辛抱強いバカになれ」(朝日新聞出版)から、京セラフィロソフィの「六つの精進」。6番が身につくといいんだけれども。

1、誰にも負けない努力をする

2、謙虚にして驕らず

3、反省のある毎日を送る

4、生きていることに感謝する

5、善行、利他行を積む

6、感性的な悩みをしない

稲盛氏:「感性的な悩みをしない」について(抜粋)。資金繰りに困り手形が落ちるだろうかと悩むあまり身体を壊す経営者もいるが、このような悩み方はあまり意味がない。出来ることは、そうなる前に十分な資金を持てるように一生懸命努力すること。そのような努力をしても、会社は倒産することがあり、そうなったら心を入れ替えて、再起を図るために行動を起こすしかない。

うで立て伏せの衝撃と感動

サンディエゴで開催された第5回神経疾患におけるRNA代謝カンファレンス(5th RNA metabolism in neurological disease conference)に参加。思っていた以上に反響があり、 今後も検討を続ける価値が十分にあることが確認できてよかった。私の技術を使うことで、効果的にアプローチできる問題がある。研究者個人としては、誰にもスクープされることなく、論文になってほしいと思う。けれども、この研究は「せりか基金」というALS研究を支援する一般の方々からの、「ALSの原因究明」を目指す研究に対する寄付金をもとに推進しているので、寄付してくださったみなさんの熱い想いや強い願いから生まれた研究成果が私の手元に止まることなく、一刻も早く他の研究者の思考や実験の役に立ち、ALSの研究が少しでも前進しなくてはならない。なので、5月の時点で、確証がとれた部分から発表するという、通常ではやらないスピードで演題を投稿し(てしまっ)た。結果として、口頭で会場全体に発信する枠がもらえて、「あたなのゼブラフィッシュの中で調べてみたいんだけど」という話にも発展し、期待していたとおり、他の研究者の活動にも貢献する形になりそうで、よかった。これに満足するわけには到底いかないが。

さて、このブログを書いたのは、会議中に目にした二つのシーンを書き留めておきたかったから。

一つ目。SMA(脊髄性筋萎縮症)とよばれるALSとともに運動ニューロン病に分類される、運動ニューロンの変性が原因で筋力が衰えてしまう小児の難病の遺伝子治療に関する発表。体に全く力が入らず自力では動けないSMAの赤ちゃんの、なかなか観るのがつらい動画から始まり、その後、SMAの遺伝子治療を受けた少女が、主治医とお母さんのまえで腕立て伏せをして、普通に動いている動画が流された。音声は出なかったが、「先生は腕立て伏せできる?」と聞く少女に、主治医の先生が「私は年寄りだからできないよ」というような会話のシーンらしい。こういった動画があることは聞いていたが、これを目の当たりにすれば驚きを超えて感動しかない。科学は信頼できる。広い基礎研究の裾野があって初めて到達できた高嶺の一つといえるのでは。

二つ目。ある種のALSの治療法の提案に関する発表。今後、さらに研究が推進されていくことになるのだと思うが、「この方法は公平に考えて根拠が乏しい」と重鎮を真っ向から批判した若手がいた。周囲の制止を振り切ってしばらく激しい議論が続いた。場の空気を全く気にせず批判し合うのは、とても健全で、議論の戦いで問題のレベルを上げていくスタイルはアメリカの凄さを感じさせる。強いリーダーシップとそれに対する批判が共存している。