細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(16、最終回)

(15)からの続き

ついに最終回です。この総説では、全身の筋肉が衰えて身体が動かせなくなってしまう難病ALSに着目し、ALSで失われる「運動ニューロン」という神経細胞と、TDP-43というタンパク質の関係について考えました。「運動ニューロンだけが障害を受けやすい」というALSの大きな特徴を、TDP-43というタンパク質の性質から解き明かす取り組みの現状を把握して、未来の研究の発展につなげることを目的としました。

TDP-43は、あたかも水がH2O分子の弱い結合によって液滴になり自由に形を変えることができるように、細胞の中でTDP-43分子の弱い結合を利用して液滴を形成します。この総説では、細胞の種類や、細胞が置かれた状況によって生まれる、様々な性質を持ったTDP-43液滴を、現在知られている範囲でできる限り紹介してきました。しかし、ここで紹介したTDP-43液滴で全てが網羅されている可能性は低く、いまだ知られていない性質を持ったTDP-43液滴を探索してゆくことは重要な研究課題の一つです。

TDP-43に異常が起こってTDP-43液滴の柔軟性が失われた時に、細胞内にはどのような悪影響があるのか?すこし広い視点から考えてみましょう。

TDP-43の多彩な機能を考慮すると、悪影響は、少なくとも3種類にパターンに大別できるでしょう。

  1. TDP-43がいくつか会合した複合体(オリゴマー)や液滴は、異常が起こると、さらに会合を積み重ねて成長する性質があります。異常なオリゴマーや塊が増幅されると、正常なTDP-43液滴の数が減るだけでなく、異常なオリゴマーや塊によって細胞内の構造が物理的に破壊されていく可能性があります。
  2. TDP-43は、およそ6,000種類の遺伝子のRNAに結合して、それぞれのタンパク質が作られるのを助けていることを紹介しました。TDP-43液滴の異常でこの機能が失われると、細胞中で、本来あるべきタンパク質が不足する事態が考えられます。TDP-43は自分自身の合成もコントロールしているので、TDP-43の異常によって、TDP-43自身も不足すると予想されます。
  3. 多くの場合、TDP-43機能の異常によって、RNAからタンパク質が全く作られなくなるわけではなく、RNAの配列が一部変化して間違ったアミノ酸配列をもったタンパク質が合成されます。このような異常なタンパク質が次から次へと合成されるような事態を、細胞は異常なタンパク質を分解することでしのごうとするはずですが、これに浪費されるエネルギーは膨大であり、大きなエネルギー負荷がかります。

TDP-43がALSの運動ニューロンに異常な塊として蓄積することが発見されたのは2006年、いまから15年前のことです。以来、TDP-43の異常な塊が原因で運動ニューロンが失われるのか?、それとも、TDP-43の機能が失われることが原因で運動ニューロンが失われるのか?といった具合に、問題を大きく二つに分けて、どちらが正しいのか、を問う方向性の議論(二分法的な議論)が継続されてきました。

一方で、上に挙げたように、TDP-43の異常によって生じる性質の異なる3種類の悪影響は、同時進行的に起こる可能性が高いです。したがって、3つの性質の異なる異常の原因のそれぞれを深く理解することと同じぐらい、TDP-43液滴の異常の源となる上流の出来事(あるいは、細胞内環境)が何か?という問題を理解することが大切なはずです。

この総説では、運動ニューロンに焦点を当てるために敢えて省きましたが、近年の研究から、ALSでは、運動ニューロンそのものだけでなく、炎症や免疫反応などの周辺組織からの影響が、運動ニューロンのTDP-43の性質に大きな影響を及ぼしていることが明らかになってきています。

TDP-43の異常によって、細胞にどのような障害がおこるのか?という視点の研究に加えて、TDP-43の性質に異変を引き起こす上流のイベントはなんなのか?という視点の研究の重要性が増しています。そのような上流のイベントを突き止めて、その原因を究明し、さらにはそれを回避する方法を開発することで、より広範に適用可能なALSの治療戦略をデザインすることが期待されます。

(了)


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)


あとがき

この総説は、コロナウイルスによって研究室での研究が制限されている期間(2020年4月ごろ)に執筆を開始しました。その2ヶ月前に、TDP-43の塊を人為的に形成させると運動ニューロンが障害を受けることを発表しました (Asakawa 2020)。その次の研究課題として、TDP-43の塊が形成される過程の上流に遡れば、ALSの原因にたどり着けるのではないかと考え、まずTDP-43の液滴の性質に関わるALS研究の現状をまとめることを目的としました。外出が制限される中、100円均一ショップに行ってビーズや毛糸などの素材を買って作った、細胞の中を再現したカバーアートの一部が、表紙の写真です。雑誌には採用されませんでしたので、このブログのカバー画像にしました。TDP-43の毒性の源は、TDP-43(赤いビーズ)が集合した液滴(左:赤いビーズだけからなる液滴)なのか、それともTDP-43を一部含むストレス顆粒などの他の液滴(右:多色のビーズの液滴)なのか、という未解明の大きな問題が残されています。

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