細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(15)

14)からの続き

全身の筋肉が衰えて、やがては身体を動かすことができなくなってしまうALSという病気では、筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞「運動ニューロン」が、機能や形を徐々に失って、やがては細胞が死んでしまいます。

ほとんどのALSでは、TDP-43と呼ばれるタンパク質の異常な塊が、ある一定の割合で運動ニューロンに蓄積します。TDP-43の塊ができる仕組みは解明されていませんが、一説には、TDP-43分子に備わっている、あたかも液体のように集合して、柔軟に形を変えることができる性質が、何らかの理由で変化して、柔軟性を失った結果、塊となってしまうと予想されています。

この予想が本当かどうか?を検証するには、運動ニューロンの中のTDP-43の振る舞いを直接観察するのが理想的です。しかし、運動ニューロンは、体の奥深くにある複雑な形をもった細胞なので、体を傷つけることなく運動ニューロンを観察することは現在の技術ではほぼ不可能と言ってよいでしょう。一方で、その次善の策として、適切なモデル動物を使うことで、運動ニューロンの中のTDP-43のダイナミックな振る舞いを研究する、というALSの理解には避けて通ることができないように思える重要課題に取り組むことができます。

筆者らは、体長が3〜4ミリメートルぐらいで体がほぼ透明な熱帯魚ゼブラフィッシュの稚魚(成魚は3〜4センチメートル)の運動ニューロンの細胞の全体像や、細胞の中の微細な構造を、動物を生かしたまま直接観察する方法を開発してきました。

さらに、青い光を吸収すると塊になる性質を持った植物のCRY2タンパク質をTDP-43に融合させて運動ニューロンに導入することで、青い光を魚に照射して運動ニューロンでTDP-43の塊を形成させることに成功しました。光照射によってできるTDP-43の塊は、ALSで見られるTDP-43の塊によく似た特徴を示します(この研究の詳細は、光遺伝学でALSの謎を照らす、を参照)。

光遺伝学を使ってTDP-43を凝集させる(Asakawa et al. 2020

興味深いことに、このゼブラフィッシュ稚魚に青色光を照射してTDP-43の塊を作る実験は、運動ニューロンでは成功しましたが、体の表面を覆っている表皮の細胞や、分化した筋細胞では成功しませんでした。

細胞の種類によって、TDP-43の塊の出来やすさに差が生まれる理由は今のところ不明ですが、運動ニューロンは、TDP-43の塊をつくりやすい何らかの特性を持っている可能性があります。この特性はなんなのか?ALSの原因を理解するための手がかりになると期待されますが、まだ解明されていません。

また、ずっと増え続けることができるようになった細胞株のTDP-43よりも、培養したての神経細胞のTDP-43の方が、より安定に存在することも知られています。つまり、神経細胞のTDP-43は、他の細胞に比べてより分解を受けにくい可能性があります。神経細胞で、TDP-43が比較的安定な理由も解明されていませんが、この性質も運動ニューロンでTDP-43の塊ができやすいことに関係しているかもしれません。

なぜ、運動ニューロンでTDP-43が塊を作るのか、という問題はほとんど理解されていない重要な研究課題として残されています。ヒトの体内の運動ニューロンの研究は困難ですが、モデル動物を使った今後の研究に期待がかかります。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(16、結)へ続く


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

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