人間の体の中で働くTDP-43タンパク質によく似たタンパク質が、線虫、ハエ、魚、マウスの体の中でも働いています。このことは、TDP-43が進化の過程で受け継がれてきたタンパク質であることを示しています。TDP-43は、遺伝子情報が記されているDNAや、DNAのコピーであるRNAに結合することで様々な機能を果たしています。DNAがRNAにコピーされる転写や、転写によって合成されたRNAを編集したり、運んだりする機能、ウイルスが細胞内に侵入したときに応答する機能、DNAに損傷が起こった時に修復する機能、DNAやタンパク質が集まって作られる染色体という構造の維持、など、その機能は多岐に渡ります。
全身の筋肉が衰えて、やがては身体を動かすことができなくなってしまう筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気では、筋肉の伸び縮みをコントロールする神経細胞(運動ニューロン)が、形や機能を徐々に失います。実に97%以上のALSでは、TDP-43が異常な塊を形成して、運動ニューロンに蓄積していることが知られています。なぜ、TDP-43がALSでは、異常な塊になってしまうのか?この謎を解くには、まず、TDP-43タンパク質の分子の性質を理解する必要があります。
人間がもっている2万種類の遺伝子のうちの一つに、TDP-43をどのように作るか記されています(この遺伝子は、TDP-43遺伝子、または、TARDBP遺伝子と呼ばれています)。そこには、20種類のアミノ酸を、ある決まった順番で414個数珠つなぎにして、タンパク質を作る方法が記されています。この指令がRNAにコピーされて、指令に従って414個のアミノ酸がつながり折りたたまれると、
(1)TDP-43分子同士が結合する領域
(2)RNAに結合する領域
(3)決まった構造をとらないで柔軟に形を変える領域
という3つの特徴的な領域をもった、タンパク質がつくられます。これが、TDP-43です。
興味深いことに、ほとんどのALSでは、TDP-43をつくる414個のアミノ酸の配列に異常はありません。アミノ酸の配列は正常なのに、何かのきっかけで、TDP-43が異常な塊になってしまうのです。いっぽうで、414個のアミノ酸の配列に異常があるタイプのALSも、稀ですが、知られています。こういったケースを調べてみると、アミノ酸の配列の異常は、上に挙げた(3)の、決まった構造をとらないで柔軟に形を変える領域、に起こっていることが知られています。
このような知見から、TDP-43に備わっている、柔軟に形を変化させる性質が異常になると、細胞内で異常な塊となってしまうのではないかと予想されています。また、このようなTDP-43の変化が、ALSと密接に関わっているのではないか、と考えられています。
この柔軟に形を変える領域は、天然変性領域(てんねんへんせいりょういき)とよばれています。英語では、IDR(Intrinsically Disordered Regionの略)と呼ばれていますので、これからIDRと呼びます。健康な細胞では、TDP-43は、時にTDP-43同士が結合し、またある時は他の様々なタンパク質やRNAと結合しながら、IDRを利用して、まるで、水に浮かぶ油滴のごとく、しずく状の構造(液滴)を作って柔軟に形を変化させています。この液滴を作る性質が、TDP-43の多様な機能を支えていると予想されています。
細胞が、いったいどのようにしてこのような変幻自在のTDP-43の振る舞いをコントロールしているかについては、現在のところ、謎に包まれたままです。
細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(4)へ続く
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