細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(1)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、意識や五感が保たれたまま、体が動かなくなります。これは、筋肉を収縮させる神経細胞「運動ニューロン」だけが、際立って機能を失うことによります。なぜ、このようなことが起こるのか、未だ謎に包まれています。この現象を、TDP-43と呼ばれるタンパク質の性質から、どのぐらい説明できるのか?について考察した総説を、Cellular and Molecular Life Sciences誌に発表しました

この総説では、TDP-43に備わっている細胞内で液滴(雫、しずく)をつくる性質に注目します。ALSでは、このTDP-43の雫が、あたかも凍りついてしまったかのように、塊になってしまいます。この現象が、ALSをどのように関わっているのか?このような疑問を抱きながら、和文タイトルは「細胞に凍(い)てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る」としました。

英文のタイトル、「Multi-phaseted problems of TDP-43 ….」は、TDP-43の機能が多岐にわたっている(Multi-faceted)ことと、TDP−43が、液体から個体の間の様々な状態(相、そう、phase)を行ったり来たりできる性質を持っている(Multi-phase)を合わせた造語です。

できるだけ平易に和訳して、何回かに分けてブログに掲載したいと思います。


Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(1)

要旨

わたしたち人間の体は、およそ2万種類の遺伝子の働きに支えられて、形作られ、機能しています。

この2万種類の遺伝子がもっている遺伝情報を利用して、およそ2万種類のタンパク質が作られますが、その中の一つに、TDP-43(ティー・ディー・ピー・よんじゅうさん)というタンパク質があります。TDP-43は、遺伝情報が書き込まれているDNAや、DNA情報のコピーであるRNA(アールエヌエー)という “DNAの友達”に結合するタンパク質です。人間だけでなく、昆虫、魚、ネズミなど様々な生き物の体の中でも働いているので、生物の進化の中で、保存され受け継がれてきたタンパク質と言えます。

この総説では、このTDP-43タンパク質の働きに注目します。その理由は、このタンパク質が、全身の筋肉が弱って体を動かせなくなってしまう難病、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、別名ALS、エイエルエス)の謎を解く鍵になるのではないか、と考えられているからです。ALSで筋肉が弱ってしまうのは、筋肉の伸び縮みのスイッチを押す「運動ニューロン」とよばれる神経細胞が、形や機能をだんだんと失ってしまう(変性する)からです。ALSの原因の多くは今もなお謎のままですが、変性する運動ニューロンに、TDP-43の塊が溜まることが、今から15年前に発見されました。この発見がきっかけとなって、運動ニューロンの中で起こるTDP-43の変化の仕組みを理解できれば、ALSの謎を解くための大切なヒントが得られるののではないか、と期待されるようになりました。

遺伝情報(DNAの配列)が変わることを変異(へんい)と言います。タンパク質は、DNAの配列のコピーであるRNAに書いてある順番にしたがって、アミノ酸を数珠つなぎにしてつくられます。変異が起こると誤った情報を含んだRNAがつくられて、その結果、一部のアミノ酸が入れ替わったタンパク質が作られるようになります。タンパク質の機能に欠かせない大切なアミノ酸が、変異によって入れ替わってしまうと、タンパク質の機能が失われたり、害のあるタンパク質が作られることがあります。このような異常なタンパク質は、多くの病気の原因になっています。一方で、意外なことに、90%以上のALSでは、TDP-43に変異は見当たりません。TDP-43は、健康な細胞の中では、遺伝情報が折り畳まれて収納されている細胞核(さいぼうかく)と呼ばれる膜で囲まれた区画に豊富にあります。しかし、ALSでは、アミノ酸配列は正常なのに、なぜか、TDP-43は細胞核の外側の細胞質(さいぼうしつ)で、塊になってしまうのです。

この問題を解く為には、TDP-43が細胞の中で液滴(ドロップ、専門的には非膜系オルガネラ)をつくる、という性質に着目する必要があるのではないか、と近年は考えられようになっています。例えば、サラダにかけるドレンシングを思い浮かべていただくと、冷蔵庫から取り出したばかりのボトルの中では、油と水が上と下に分かれています。ボトルを激しく振れば、油と水が一見混ざったようにみえます。しかし、よくみると油が無数の小さなドロップ状(しずく状)になって、柔軟に形を変えながら、小さいドロップが合わさって少し大きなドロップになったり、時には、くびり切れてより小さいドロップになったりしているのがわかります。TDP-43も、水の中にある油の如く、ドロップ状になって、別の様々なタンパク質やRNAと結合して、柔軟に姿を変えながら、多彩な働きをしていると予想されています。

この総説では、細胞の中にあるTDP-43を含んだドロップについて、これまで知られているものについて紹介していきたいと思います。そして、このようなTDP-43の性質からALSを眺めることで、「運動ニューロンだけが変性する」というALSの大きな謎に、どのくらい迫ることができそうか?ということを議論したいと思います。

細胞に凍てる雫、TDP−43液滴とALSの接点を探る(2)につづく


出典

Asakawa, K., Handa, H. & Kawakami, K. Multi-phaseted problems of TDP-43 in selective neuronal vulnerability in ALS. Cell. Mol. Life Sci. (2021)

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