光遺伝学でALSの謎を照らす(7、結)

(6)からの続き

筋肉の収縮をコントロールする神経細胞「運動ニューロン」が、形や機能をだんだんと失って(変性して)、身体を動かせなくなってしまう病気、筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、運動ニューロンにTDP-43と呼ばれるタンパク質が塊をつくって溜まることが知られています。この事実が2006年に発見されて以来、TDP-43の塊が発揮する毒性が原因で運動ニューロンが変性すると一説には予想されていますが、この説の検証が待たれています。

我々は、2020年に発表した論文で、青い光を照射すると塊に変化するTDP-43(オプトTDP-43)を開発しました。この新しいアプローチを使って、TDP-43の塊に毒性があるのか否かを検証しました。さて、TDP-43の塊に毒性はあるのでしょうか?

光を使ってタンパク質をコントロールする“光遺伝学”という手法の強みの一つは、タンパク質に起こる変化を、光のON・OFFによって時間的にコントロールできることです。

私たちは、運動ニューロンが観察しやすい熱帯魚「ゼブラフィッシュ」を使って、運動ニューロンにオプトTDP-43を導入して、魚に青い光を照射すると、3時間後には、オプトTDP-43が、細胞核から、細胞核と細胞質を含む細胞全体に広がることを発見しました。

この後、青い光をさらに照射し続けると、やがて数日後には細胞質にオプトTDP-43塊が溜まり始めます。いっぽう、最初の3時間で青色光の照射をストップすると、オプトTDP-43は塊として溜まることなく、再び、照射前のように細胞核に戻ります。もし、オプトTDP-43の塊そのものに毒性が備わっているのならば、3時間の青色光では、運動ニューロンには異常は現れないはずです。そこで、3時間だけ青色光の照射をした後、光照射を止め、その後の運動ニューロンの様子を詳しく調べてみました。

その結果、3時間の青色光照射を経験した運動ニューロンは、その後、成長速度が著しく低下することがわかりました。さらに、筋肉と接続した運動ニューロンに対して、3時間の青色光を照射すると、筋肉との接続が弱まることがわかりました。

この結果は、オプトTDP-43が、塊として溜まるより前に、運動ニューロンにダメージを与えていることを示しています。

塊を作る前に毒性を発揮している、という予想外の結果が出たために、この実験の当初の目的であった、TDP-43の塊そのものに毒性が備わっているのか、という問いの検証にはなりませんでした。以前のブログ、「上流にさかのぼる」では、TDP-43の塊が(1)毒性の源である、という可能性と、(2)毒性を軽減するためにTDP-43を一まとめにして細胞を保護しようとした痕跡である、という可能性を、いずれも肯定も否定もできないことに触れました。我々の、オプトTDP-43を使った実験でも、この問題は解決できませんでした。

ともあれ、この研究によって、これまで予想されていた前の段階で、TDP-43が運動ニューロンにダメージを与えている可能性が高いことがわかりました。これが今回の研究で得られた最も重要な知見の一つです。

ALSの真の原因に迫るためには、TDP-43 が細胞質で塊を作るよりも前の段階、すなわち、細胞質のTDP-43の濃度が上昇する原因を探ることが有効なのではないか、と予想して、現在はその方で研究を展開しています。

さて、このPerspectiveの稿のタイトル「Do not curse the darkness of the spinal cord light TDP-43」は、“暗闇を呪うより、ロウソクを灯そう (Don’t Curse the Darkness, Light a Candle)”、という中国のことわざにちなみました。7回にわたって、できるだけ内容を平易にして書きました。Perspectiveの最後の一文に、今後の期待を込めます。

“The optical inaccessibility of the spinal cord has been and will continue to be a major obstacle to understanding the dynamic nature of TDP-43 in the spinal motor neurons during both healthy and diseased states. We envisage that optogenetic TDP-43 should serve as a candle to overcome the darkness of the spinal cord. ”

“運動ニューロンが、光が到達しにくい脊髄の中にあるということは(つまり、生体内での観察が容易ではないということは)、これまでも、そして、これからも、運動ニューロンの中でのTDP-43のダイナミックな振る舞いを理解することに対する大きな障壁であり続けるでしょう。光遺伝学TDP-43が、この脊髄の闇を克服するロウソクになるのではないかと期待しています。”

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今年の初めに発表した光遺伝学ALSモデル(Asakawa, 2020)について、まとめとこれからの展望をPerspective記事としてNRR誌に発表しました。記事をもとに、説明を付け加えて和訳しました。

【出典】

Do not curse the darkness of the spinal cord, light TDP-43. Asakawa K, Handa H, Kawakami K (2021) Neural Regen Res 16(5):986-987.

光遺伝学でALSの謎を照らす(7、結)」への5件のフィードバック

  1. 青い光で集まるのなら 赤い光で散らす事できるのでしょうか。パーキンソンは820NMの近赤外線で症状が戻るといいます。此方で言われる青い光とは何になるのでしょうか?ご教示お願い致します。

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    1. ブログを読んでくださりありがとうございます。青い光を吸収する植物由来のタンパク質CRY2をTDP-43に付加するという操作を加えています。CRY2は、赤い光には反応しませんので、赤い光で散らすことはできません。

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      1. 先生、早速の返信ありがとうございます。ど素人の質問、申し訳ありません。光を使った色々な神経変性の治療が小規模ながら行われていますので、気になりました。癌の治療に近赤外線を使ったモノ日本人研究者が開発した事も記憶にあります。光でTDP-43が散ってくれれば、こんなに簡単な事はありません。何かしらの薬剤を絡めないと製薬会社に消されそうですが。ツイッターもよく拝見しています。また此方のサイト内のルーゲーリックはリバーサルを経験したか と言うお話は興味深く拝見しました。
        これからも引き続き 先生の研究が真理にたどり着く事を期待し 応援させていただきます。
        今回はありがとうございました。 

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