光遺伝学でALSの謎を照らす(5)

(4)からのつづき

私たちの体には、およそ600種類の筋肉があるといわれています。

体の動きは、この多くの筋肉の伸び縮みの組み合わせによって生まれます。まず、脳が、筋肉の組み合わせと、伸び縮みのタイミングの指令を発し、いくつかの神経細胞のリレーによって、筋肉に指令が伝えられます。最終的に筋肉に指令を手渡す神経細胞は「運動ニューロン」とよばれています。

運動ニューロンは、背骨の中を通っている脊髄(せきずい)に並んでいて、そこから束になった長いケーブルを伸ばして、筋肉に接続します。この運動ニューロンの束を運動神経(うんどうしんけい)と呼びます。「あの子は、運動神経がいいねぇ」という時に、このケーブル組織を思い浮かべている人は、きっとただ者ではないでしょう。

運動ニューロン

例えば、指を動かす筋肉に接続する運動ニューロンは、脊髄の肩ぐらいの高さの位置で、脳からのシグナルを受け取って、ケーブルを介して指の筋肉の動きをコントロールしています。このような機能を発揮するために、運動ニューロンは、細長くて、大きくて、複雑な形をしています。

運動ニューロンが形や機能を徐々に失う(変性する)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とよばれる病気では、運動ニューロンが変性する原因が未だ明らかになっていません。ALSの原因の究明を難しくしている要因の一つとして、運動ニューロンが観察しにくく、研究が難しいことが挙げられます。

前回のブログで、ALSの運動ニューロンに塊をつくって溜まるTDP-43というタンパク質について触れました。TDP-43に細工を加えて、青い光を吸収すると集合して塊を作るTDP-43(オプトTDP-43)が開発されました(光ドロップ法)。シャーレの中の細胞にオプトTDP-43を導入して、細胞に青い光を照射すると、オプトTDP-43が集合して塊を形成します。この過程のどこかで、細胞に損傷を与えることわかりました。体内の運動ニューロンにも、オプトTDP-43は、同じように損傷を与えるのでしょうか?

この問題の検証は、ALSの原因を探る上で大切ですが、運動ニューロンが観察しにくいことが大きなハードルになっています。

このハードルは、ゼブラフィッシュという名の熱帯魚を使うことで、下げることができます。魚は、人間と同じ脊椎(せきつい)動物で、背骨があり、その中に脊髄が通っています。この脊髄の中には、人間と同じように、運動ニューロンが並んでいて、そこからケーブルを伸ばして筋肉と接続しています。ゼブラフィッシュの成魚は、体長が4センチほどですが、稚魚は3〜4ミリで、体の組織が透明なので、魚を生かしたまま運動ニューロンを観察することができます。

ゼブラフィッシュの運動ニューロンと筋肉

実際には、透明度があまりに高いために、稚魚の中の運動ニューロンを染色しないかぎりは、観察することは難しいです。私たちは、これまでの研究で、運動ニューロンの中にいろいろなタンパク質を導入する方法を開発してきました(Asakawa 2013)。写真は、運動ニューロンに緑色蛍光を発するタンパク質を導入した魚ですが、脊髄の中にある細胞体(さいぼうたい)から、細長いケーブルが伸びて、筋肉と接続部位(シナプス)まで、運動ニューロンの全体がハッキリと観察できます。

運動ニューロンの全体像

では、このゼブラフィッシュの運動ニューロンに、オプトTDP-43を導入して、青い光を照射すると、運動ニューロンはどうなるのでしょうか? ALSと似た状態になるのでしょうか?

光遺伝学でALSの謎を照らす(6)へつづく

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今年の初めに発表した光遺伝学ALSモデル(Asakawa, 2020)について、まとめとこれからの展望をPerspective記事としてNRR誌に発表しました。記事をもとに、説明を付け加えて和訳しました。

【出典】

Do not curse the darkness of the spinal cord, light TDP-43. Asakawa K, Handa H, Kawakami K (2021) Neural Regen Res 16(5):986-987.

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