上流にさかのぼる

全身の筋肉が衰えてしまうALS(エイエルエス、筋萎縮性側索硬化症)という病気は、原因がよくわかっていませんが、筋肉の伸び縮みをコントロールする「運動ニューロン」と呼ばれる神経細胞が徐々に働かなくなってしまいます(“変性”するといいます)。ALSの9割では、運動ニューロンの中にTDP-43(ティーディーピー43)というタンパク質の塊が蓄積することが知られています。ですので、TDP-43が作る塊が何かしら悪さをして、運動ニューロンが変性するのではないか、と予想できますが、このことは未だ明確な答えがでていない大切な問題です。

例えば「かさぶた」を想像してみると、事態はそう単純ではないことがわかります。かさぶたは、傷のあとにできますが、かさぶたを傷の原因と考える人はいないでしょう。むしろ、傷を治しています。これを疑う人がいないのは、傷→出血→かさぶた→治癒、の順番がわかってるからです。TDP-43の塊の形成と運動ニューロンの変性を、傷とかさぶたのような順番に並べることが、いまの知識では難しいのです。したがって、TDP-43の塊は、実は運動ニューロンが異常なTDP-43を取り除いて損傷を治そうとした痕跡かもしれない、という説も否定できないのです。予断はできませんが、もしかしたら、TDP-43の塊の形成と運動ニューロンの変性を、一つの時間軸上に並べられない可能性もあります。この問題は、TDP-43の塊の形成を阻害することが、ALSの治療法となるか、を考える上でとても大切な問題です。

昨年から今年にかけて、我々のグループの研究も含めて、青い光を吸収すると集合し、やがて塊を形成するTDP-43が開発され、光を照射することで徐々にTDP-43を集合させて、塊を形成させると、細胞が損傷を被ることが明らかにされました。我々の研究では、この損傷の少なくとも一部は、塊が形成される前にTDP-43が発揮する毒性によることが明らかになりました。一方、TDP-43の塊が形成される前に毒性が発揮されるので、塊に毒性があるのか、ないのか、を判定することが難しいことがわかり、依然として謎のままのこされました。TDP-43の塊が、病気の原因なのか、あるいは、かさぶたのように神経細胞のキズを癒そうとした結果できるものなのか、ALSの原因を探る上で今後の重要な研究課題です。

前置きが長くなりましたが、このことを書いたのは、今週発表された興味深い論文について書き留めて置きたかったからです。

上流にさかのぼる

TDP-43が活性酸素によって酸化され、酸化されたTDP-43は集合しにくくなるという論文です。活性酸素は、細胞のエネルギーを産生するミトコンドリアという器官からたくさん放出されるので、ミトコンドリアの周辺では、TDP-43は集合しにくいのかもしれません。もしこの予想が正しければ、ミトコンドリアの機能不全でエネルギーが産生しにくくなると、TDP-43が集合し、やがては塊を形成する方向に向かう可能性が考えられます。TDP-43の集合状態は、運動ニューロンのエネルギー環境を反映している可能性が示唆されます。今後生体内での検証が必要ですが、TDP-43の集合のさらに上流に向かう研究成果、すなわち、「なぜ、ALSになるのか」という問いに向かう重要な研究成果と思われます。

一般に、研究では結果を追跡するほうが簡単で、原因を追求するのは難易度が高いです。難しい課題ですが、果敢に上流に登っていく研究が必要です。

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