ちょうどいいサイズについて(On being the right size, Haldane JBS, 1926年)、というエッセイを読みました。
生き物のサイズが、どのように決まっているのか? という問題は、興味深いです。なぜ、人間が、だいたい身長160〜170cmぐらいで、体重が60〜80kgなのか、という問題の説明は難しい。けれども、人間がなぜ昆虫より大きいか、ということについて理由はいくつか挙げられるようです。
たとえば、昆虫はカラダの側面に開いている穴から内部に張り巡らされている気管とよばれる管を介して、基本的に拡散によって酸素を取り入れています。もし、昆虫が大きくなりすぎると、拡散では酸素がとどかない細胞がでてきてしまい、この限界が、昆虫が大きくなれない制約の一つになっているのではないか、という説。一方で、人間は、展開すると80平方メートルにもなる肺から酸素を取り入れ、血流に乗せてカラダの隅々まで、酸素を効率よく運搬できるので、代謝を維持しながら大型化できたのではないか、という説。など。
さて。思考実験的にですが、生き物の身長(体長)が2倍になると、体積(≒体重)はだいたい2(タテ)x2(ヨコ)x2(オクユキ)の8倍になります(大雑把に)。一方で、この勢いで、代謝(消費するエネルギー)を8倍にしてしまうと、体熱が高くなりすぎるようです。なぜならば、カラダの熱を放出する体表の面積は4倍にしかなっていないから。

エッセイを読み終えて、個々の細胞は、人間の大型化にどのように対応たのかということを少し考えました。進化の過程で、大型化した人間は、体が大きいだけでは生存競争を勝ち抜くことは難しく、大きくなったカラダを操る仕組みも同時に発達させたはずです。その一つは、脳に細胞体(遺伝情報を含む細胞核)があって、脊髄の中にケーブル(軸索、じくさく)を伸ばす、神経細胞ではないでしょうか。軸索が、脳から腰のあたりにある脊髄の端まで到達しているとすれば、成人では、1メートル弱ぐらいにはなるかもしれません。そのような細胞の一つ、ベッズ細胞(Betz cell)は、人間が運動する時に活動し、腕や足を動かす神経細胞を一気に活動させ、大きいカラダの動きを生み出しています。
人間の体が進化の過程で大型化するにつれて、ベッズ細胞のような細胞も大型化したはずです。細胞の軸索の長さが2倍になった時には、エネルギー消費量は8倍になったのでしょうか。8倍になったとしたら、エネルギー消費が多すぎ燃え尽きてしまわないでしょうか?あるいは、エネルギー供給が足りずに、細胞が消耗して機能不全に陥るでしょうか?きっと、大きい細胞のエネルギー管理は、大きい細胞なりの特有な事情があるのではないでしょうか。
人間の一生はどうでしょう。50cmに満たない身長で生まれた赤ちゃんは、徐々に脳から脊髄に伸びる神経細胞や、脊髄から腕や脚に伸びる神経細胞を発達させます。こうした大型の細胞は、カラダの成長に従ってさらに大型化し、長さが2倍になった時、エネルギーの消費量は8倍になってしまうのでしょうか。それとも、もっと少ないエネルギーで、上手に活動していく仕組みに切り替わっていくのでしょうか。
体を動かすのに必要な、脳から脊髄、あるいは、脊髄から手脚に伸びる大きな細胞は、運動ニューロンと呼ばれています。こういった大型の細胞のエネルギー消費と、カラダの他の細胞のエネルギー消費のバランスを保ちながら、うまく個体全体の一生を終える仕組みはあるのでしょうか。人間の一生よりも、遥かに早く、運動ニューロンが失われてしまう筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因を探る視点をもたらしてくれるかもしれません。
エネルギー消費からみた、細胞のちょうどいいサイズ、はあるのではないでしょうか。